第2話:追放

 ◇


 三十一名中、二十五名が死亡。


 ついさっき地球から転移してきた俺たち蒼海高校一年C組は、たった六人になった。


 遠くまで逃げてきたため、生徒たちの遺体を確認する術はないが、あの状況で無事に逃げられた者は俺たちの他にいないだろう。


 現在地は……森の中なのであまり景色の変化はないが、かなり坂を上った気がする。


 俺は、亡くなってしまった者たちを想いながら黄昏ていた。


「旭川君、君のせいじゃない。責任を感じる必要はない」


 稲本先生は、俺の肩にポンと手を置いてそういった。


「先生は何も思わないんですか? 生徒を騙して、自分たちだけ逃げて……。地球に戻った時に、胸を張ってまた教壇に立てるんですか?」


 怒りの矛先を稲本先生に向けてしまった。


 所詮は俺も逃げた立場なのに、何を言っているのだろう。


 自己嫌悪に陥ってしまいそうになった時だった。


「教壇? ああ……別に? で、罪悪感? なんで? あれは仕方がなかった。俺は何も悪くない。旭川は教師を聖職者か何かだと勘違いしてるのか?」


 俺は、空いた口が塞がらなかった。


「俺は、プロ野球選手になりたかったんだ。でも、なれなかった。だから体育教師になった。それだけだ。好きでガキの面倒見てるわけじゃない。別に普通だろ。世間はただのサラリーマンに求めすぎなんだよ。ダルいモンペ対策で良い先生を演じてたけどな?」


 稲本先生……いや、これからは胸中で稲本と呼ぶことにしよう。


 稲本はケラケラと笑っており、人としての何かが欠けているようにしか思えなかった。


「俺は、そんな人だと思っていませんでした」


「へえ、そうか」


 パンパン。


 稲本は手を叩き、遠藤たち四人をこの場に集めた。


「これから重要な会議を始める」


 稲本は、森を下った先にある遠くを指差した。


 実は、逃げているうちにかなり標高が高い場所まで来ていた。


 崖から下を見下ろすことで、俺たちは人工物らしきものの発見に成功したのだ。


 会議はその件についてだろう。


「さっき片桐が見つけてくれた人里と思われる場所まではまだ距離がある。白銀の狼ほどの強い魔物との遭遇はないにせよ、手強い魔物と遭遇する可能性も十分考えられる。そこで……旭川をどうするか決めるとしよう」


 え、俺……?


 俺について何を話すんだ?


「俺……先生は、ここでお別れするのが正解だと思うんだ」


「お別れ⁉ ど、どういうことですか⁉」


 俺は、唐突な話に動揺してしまう。


「要するに、戦力にならない……いや、お荷物ともいえる旭川君を捨てて、★5職の僕たちだけで移動した方が生存の可能性が高い……ということですか?」


「その通り。さすが片桐だ。オール5の理解力だな」


 俺を捨てる……?


 何を言ってるんだ……?


 確かに、俺は戦力になれないし、守ってもらうとなるとお荷物になる。


 だけど……だけど……。


「先生、そりゃさすがに酷くないっすか?」


 クラス一番の問題児、遠藤が声を上げてくれた。


「白銀の狼の時は仕方なかったっすけど、基本的には力のある者が弱い者を助けるべきじゃないっすか? 俺バカだからよくわかんねえっすけど、弱い者いじめみたいでこういうの嫌いっす」


 え、遠藤……。


 こいつは神か何かなのか?


「聖人の言う通り! 私もそう思う~!」


「え、亜理紗が言うなら私もそうかも?」


 遠藤の彼女である高原亜理紗と、高原の親友である山川彩希も同調する。


「僕は別の視点から。旭川君はいつもクラスで皆がやりたがらない目立たない仕事をやってくれていましたし、能力もあります。今の状況では役に立たなくても、この先はどうかわかりません。僕たちはまだこの世界のことを十分に知りません。決断するには情報不足すぎませんか?」


 さらには、片桐も同じ立場に立ってくれた。


 稲本は嫌気がさしたような表情をすると、大きくため息を吐いた。


「なーに良い子ちゃんぶってんだよ。これはガキのおままごとじゃねーんだぞ? 俺は、必要のないリスクを取りたくねえって言ってんだ! ★なしの無能がこの先何の役に立つんだ? あ?」


 稲本は、遠藤・片桐・高原・山川の順に言葉をかけていく。


「遠藤、お前の喧嘩は全部俺が尻ぬぐいしてきた。地球に戻ったら退学にしてやってもいいんだぞ? お前の母ちゃん女手一つで育ててきたのに息子が退学……ああ、可哀想だなぁ」


「せ、先生……何言って……」


「片桐、お前は指定校推薦を狙ってるんだったな? 内申書に悪いこと書いてやろうか?」


「そんな! ひ、酷いですよ!」


「高原、お前がこの前ネットで酒飲みライブしてたの知ってるぞ? スクショも取ってある。未成年飲酒……ああ、退学コースだなこりゃ」


「はあ⁉ な、なんで……!」


「山川、お前がパパ活してるのは先生知ってるぞ? バレたら退学だなぁ?」


「……っ⁉」


 次々と生徒の弱みを列挙する稲本。


 全員の顔が青くなり、俺をチラチラと見ながら悩んでいるようだった。


「ごめん、もういいよ。ありがとう……みんな」


 いたたまれなくなった俺は、全力の作り笑いでこう言うしかなかった。


「旭川……悪いな」


「僕だけのことならともかく……すまない」


「ごめんね」


「強く生きてね」


 俺を追い出して満足気な稲本と、申し訳なさそうに背を向ける四人を見送った後、俺は《アクア》の世界でたった一人になってしまった。


 だが、まだ生き残ることを諦めたわけじゃない。


 上手く魔物を避けながら人里まで辿り着くことができれば、少なくとも死ぬことはないはずだ。


 《魔石》は三十三個残っている。


 『ガチャテイマー』という名前からして、確率は低いにせよこれだけの数があれば使える魔物を一体くらい仲間にできるかもしれない。


 ――そう、思ったのだが。


 三十三個を消費して召喚出来た魔物は、トカゲ(★1)×10、ひよこ(★1)×11、スライム×(★1)×12だけだった。


 どう見ても、さっき皆が簡単に倒していた狼の魔物すら倒せる気がしない。


 というか、ほとんど召喚した魔物の数にバラつきがないことから、ガチャと言いつつ召喚できる魔物はこの三種類しかないのかもしれない。


 この先、どうすれば……と絶望していた時だった。


 ガサガサガサガサガサ……。


 嫌な予感。


 茂みから、何かが迫ってくる音が聞こえてきた。


 ガウルルルルルルルル……。


 姿を見せたのは、この森ではありふれた存在である狼の魔物だった。


 目が合ってしまい、もう逃げられそうにない。


 背を向けた瞬間に殺されるということだけは嫌でもわかる。


「クソ……戦うしかないか……!」


 と、その時だった。


 ――――――――――

 ⚠戦闘力の差が大きすぎます

 召喚獣を《限界突破》しますか?

 ▽《限界突破》可能な召喚獣

 ・スライム ⇒ [限界突破]

 ・ひよこ  ⇒ [限界突破]

 ・トカゲ  ⇒ [限界突破]

 ――――――――――


 なんだ……これ?

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