第4話 8と彼女
エイトは私の意見を尊重して今回の新薬の試験を少し先延ばしにしてくれた。
それから勝手に一人で試しに行かないようにと約束もした。
私は今の生活がそう長くは続かないのだろうと先々を考え始めた。
確かに私も今のこの姿のままでは不便である事は十二分に理解している。
でもだからといって向こうに戻る方が茨の道なのは目に見えている。
そうだ。
視点を変えて考えよう。
エイトが開発した薬は向こうで小さくなってしまう此方の者をそうさせないものだ。
ならば今の私がそれを飲めば私が此方で大きくなるのでは?
なんでこんな簡単な事を今まで思い付かなかったのか。
早速エイトに提案してみる。
「……ナナ……前にも言ったけど新薬は本人かその家族しか試せないんだ。」
「私はエイトの家族も同然じゃない。」
エイトの顔が曇る。
そして言いづらそうに
「……これは新薬で僕らの世界の者の為に作られたものなんだ……ナナは向こうの人間だし、更にどんな副作用があるかと考えたら……僕はそんなお恐ろしい真似は出来ないよ。」
私は副作用云々よりもエイトが私を家族として見てくれていなかった事の方がショックだった。
エイトは私を何だと思っているのだろうか……
そう思った瞬間、向こうでの記憶が甦る。
前に同僚が言った「ペットかヒモでしょ?」という言葉だ。
私はペットか何かだと思われている?
そんな虚しい話しはない。
落ち込んでいると珍しくこの家に来訪者の姿があった。
それはエイト同様一目見たら心を奪われるような美しい容姿をした女性だった。
白銀色のストレートの長い髪をなびかせるとキラキラと光って透き通るような美しい肌に反射している。
顔の造形は言うまでもないだろう。
宙を浮くようにスーッと歩いてきてエイトに抱きついた。
「えっ?!」
私の分からない言葉で二人は会話をしている。
覚えた少ない言葉を一生懸命頭の中で訳しながら聞いているとほんの少しだけやり取りが理解出来た。
「新薬Ψ∴$¤‡§¢おめでとう!」
「うん、ΣΨ€¤⊇∪€したよ。」
「$‰Ψ!Φ$⊇∴いつ?」
「それが……Φ&§η‰$㎜+∴⊃……」
「<∞-⊃⊆€$§>*Ξδ……」
もう分からない。
私の翻訳は一度躓くとその先の言葉が蓋をされたように耳が受け付けなくなってしまう。
二人をただ見つめていると急に女と目が合い此方に向かって来た。
「あら、まぁ……随分と€¤‰§*‡†ΦΨ」
「やめろよ……」
エイトの怒ったような顔を初めて見る。
「だって、§‡†€¢¤≦⊇∴」
「∈Ω㎜∞Ψ≠≧から、$≦δ§$ζ€言うんだ。」
女はクスクスと笑いながらエイトの元へと戻り、暫くすると出て行った。
察するに私の事をあの女は馬鹿にでもしたのだろう。
しかし、エイトとの関係性は何なのだろうか。
するとエイトが此方へきて
「ナナ……ごめんね……気にしないで。」
「ううん、平気。二人の会話は殆ど理解できなかったし……それより凄く綺麗な人だったね。」
「そう……?」
「うん、エイトのお友達?」
「その……なんて言うかな、僕らの世界では他者に対してナナ達の世界のようなカテゴリー分けがないんだ。あるのは自分、家族、それ以外みたいな……」
「えっ?じゃあ、私とあの女の人はエイトの中では同じってこと?」
「うーん、少し違うけど……」
これ以上聞くと自分が崩壊しそうだったのでエイトの言葉を止めた。
私は初めてエイトに不信感のようなものを抱いた。
私は私の為に早くこの気持ちを払拭するべくエイトとの話し合いの時間を設けた。
エイトお手製の小さなマグカップにコーヒーが注がれ、エイトが目の前に座った。
「ねぇ、エイト……この前の女性の事なんだけど……」
「うん、何?」
うつむいた時にマグカップの中に写る自分の顔を見て手が止まった。
「あ……あ、ちょっと待って……ねぇ、エイト私がここに来てからどれくらいの時間が過ぎたの?」
「うーん……三年位……かな?」
「そうよね?そうだよね……あの……鏡……見せてくれない?」
「どうして?」
「いいからっ!!」
エイトの手に乗せられて洗面台へと近付き鏡に写る
自分の顔を見て私は愕然とした。
「エイト……知っていたの?」
「……、……」
「何で黙っていたの?ねぇ……ねぇっ!!答えて!!」
「僕は……ナナがどんな姿になろうともナナの事を……」
「もういいっ!!こんな……こんな事になるなら……もっと早く向こうへ帰るべきだったんだ……」
私はエイトの掌の上で泣き崩れた。
何故なら鏡に写った私は三年はおろか、三十年は経過したであろう自分があれだけ嫌っていた老人のような顔をしていたのだ。
「ねぇ、エイト……私を元の姿に戻す方法は知っている?」
「……あのね……ナナ……此方と向こうでは時間の経過が少し違うんだ……僕達の世界の方が向こうよりも時間がゆっくりと流れている。」
「何で……それも黙っていたの?」
「……ナナと一緒にいたかったから……」
「やめてよ、私……こんなに老けてしまって……こんな私を好きでいるなんて嘘でしょ?」
「どんな姿になってもナナはナナじゃないか。どうして否定するの?」
「エイトはいいよね?そうやって……いつまでも美しいままでいて……」
エイトは私を両手で包み込むように抱えると外へ飛び出した。
「ナナ……僕は決心した。ナナを向こうへ連れて行く。」
「えっ?!ちょっと……待って!!」
走るエイトに何度も声をかけたが返事はなく、ただ走る振動だけが全身に響いた。
「着いた……ナナ、向こうの入口だ。」
そう言うとエイトの両手の隙間から外の光が失われて真っ暗になった。
「ちょっと!!エイト?!」
私は見知らぬ路地裏に佇んでいた。
路地の先には車が行き交っている。
本当に向こう側に戻って来たらしい。
身体のサイズも元通りのようで少し先にはゴミ置き場とおぼしきポリバケツが見えた。
「エイト?」
足元を見ると小さなエイトが私を見上げている。
慌ててしゃがみ込んでエイトを掌に乗せた。
「ナナ、僕は薬を試すよ。」
エイトはポケットに手を入れて何かを口に運んだ。
飲み込んですぐに力なく掌の中で倒れるエイトを私は見守る事しか出来ない。
「エイト?ねぇ、エイト?生きているの?」
数分後にエイトは目を開けて
「ナナ、危ないから僕を早くここから降ろして!」
エイトの指示通りにそっと路上へ放った。
数秒後、エイトの身体はみるみる大きくなり、ここへ来る直前のエイトの姿がそこにはあった。
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