海月は星を呑む為に

揺井かごめ

「この子達は星を食べるんだ」

 大学一年の冬休み、付き合って1ヶ月目の夜。初めて僕を家に招いた同年の彼女は、そう言って窓辺の水槽を見遣った。

 僕と同じだけしか生きていないとは思えないような大人びた彼女の部屋は、やはり大学生らしくない。間接照明と水槽のライト以外に光源の無い、殺風景な部屋。水槽以外に目立つ家具は無い。

 厚みのあるリングの両面にガラスを張ったような形状の水槽は、ゆったり循環する三匹のミズクラゲを内包している。透き通った水槽越しに、星明りが瞬いていた。

 水槽の青い照明に、ミズクラゲの胃が透けている。四葉のような形に走る、通常四つの紐状の胃。水槽の中にいるミズクラゲは、何故か三匹とも胃が沢山あった。二、四、六……数えたら十もある。四葉というより花のようだ。

「どういう意味?」

「そのままの意味だよ。この子達が生きる為には、星のひかりを食べないといけない」

「クラゲの餌ってプランクトンじゃ無かった?」

「クラゲはそうなのかもね。詳しくないけど」

「詳しくないって……飼ってるのに?」

「君は三つ勘違いをしている」

 彼女は寂しそうに笑った。

「まず、この子達はクラゲじゃない。宇宙から来たみなしごだ。幼いから地球の大気に触れられない。この水槽の中身は、君達がダークマターと呼ぶ、光と反応しない宇宙の物質だ」

 確かに、水槽の中には気泡が見当たらない。

「……取り敢えず最後まで聞こう。二つ目は?」

「この子達は私に飼われてる訳じゃない。一緒に暮らしている家族だ」

「それは、よく言う『ペットも家族』理論とは」

「違うね。君はひとりっ子らしいが、仮に三人の妹と同居しているとして、その子達にペットとか飼うって言葉を使うかい?」

 黙する僕に向けて、彼女は両手を広げた。両手が透き通り、青く星明りを孕む。

「三つ目。私は人間じゃない。この子達の、謂わば長女だ」

 僕はその手を取る。ひんやりと冷たく、つるりと柔らかい、人のものでは無い手。

「これを聞いて、どう思う?」

「いつまで地球にいてくれる?」

「最初に訊くのがそれか、君らしい。私達はもう地球から出られないし、故郷に戻る事は永遠に無い────残念ながら、そして幸運な事にね」

 彼女は僕の手を握り返した。

「これが見せたかっただけだ。悪いね、寄り道して。この後どうする?」

「取り敢えず、ディナーのお店はキャンセルしよう」

「それから?」

「星のよく見える展望台を知ってるから、コンビニでおでん買ってからそこ行こう」

 彼女はきょとんとしてから、堪えきれずに吹き出した。

「好きになったのが君のような地球人で良かったよ」

「僕も、好きになったのが君のような宇宙人で良かったよ」

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海月は星を呑む為に 揺井かごめ @ushirono_syomen

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