06

 わたしが脳内で喜びを表現する舞を踊っていると、バン! と受付カウンターが叩かれる。急なことにびくり、と肩が跳ねて、持っていたバスケットを落としてしまう。あああ、ショドーとひいさまが入っているのに!

 わたしは慌てて落としたバスケットの中を確認する。ショドーもひいさまもびっくりしたのか、せわしなく耳が動いているが、怪我はなさそうだ。


「なあ、アンタ!」


 頭上から男の声が振ってくる。……こいつが今、カウンターを叩いたのか。

 どんな顔をしているのか拝んでやろうじゃないか、と頭を上げると――そこには、ケモミミを生やした男が立っていた。


 ……あの形状、猫と見た!


 つややかな黒髪と金とも言えるような瞳。いかにも黒猫っぽい。まあ、毛並みで言えばショドーの方が綺麗だけど。でも、ショドーよりは明るい黒かも。ショドーの毛並みの黒って、闇と言い換えてもいいくらい真っ黒なのだ。猫吸いをするとき、たまに、そのままどこまでも飲み込まれてしまうのでは、という感覚におちいるときがある。

 まあ、お猫様に吸収されてその一部になれるのなら本望なんだけど。


 閑話休題。


 わたしよりも少し幼そうな顔立ちの彼の目は、ぱっちりと猫目っぽくて、思わずじい、と見てしまった。


「ぐるる……」


 猫がごろごろと喉を鳴らす音が聞こえてくる。ショドーかひいさまかと思って、バスケットの中を覗くが、二匹は少し不機嫌そうにこちらを見上げるばかり。

 ……まさか。


 わたしは顔を上げて、猫の獣人らしき男性の顔を見た。

 一拍遅れて、一気に彼の顔が赤くなる。アニメの演出を見ているのか、というくらい、ぶわっと赤くなったものだから、見ていてちょっと面白い。


「こ、これは違う!」


 彼は喉を押さえながら、必死に叫んだ。

 わたしの生まれ育った国では、猫は勿論、ネコ科の生物はほとんど見かけなかったから、全然気が付かなかったけれど、『神の加護』と呼ばれるくらいのスキル持ちならば、一目会って惚れさせることくらい可能なのか。人の形である彼に『惚れる』という表現を使うのは、なんだか語弊があるような気がするけど。


「~~~~ッ、クソ! と、とにかく! アンタ、猫のテイマースキル持ちなんだよな!?」


 恥ずかしさからくるやけくそっぷりが見事だった。彼は涙目でわたしを睨みつけてくる。でも、全然怖くない。


「あー、らしいですね。『神の加護』に分類されるみたいです」


 わたしの言葉を聞いて、青年は「仕事は決まってるのか? 決まってないよな?」と、少し焦ったように問うてきた。

 仕事の案内でもしてくれるつもりなんだろうか。スキル制度が完全に廃止されている国で生まれ育ったわたしからしたらピンと来ないのだが、『神の加護』と呼ばれる領域にまで達しているスキル持ちは引く手あまた、なのかな。


「はあ、まだですけど」


「じゃあ、うちに来て! 一時的でもいいから、頼む!」


 ぱちん、と手を合わせて頼む様子に、わたしは、むむ、と考える。

 こちらとしては、仕事にすぐ就けるのはありがたい。今日明日の食事を賄うくらいのお金しか持っていないから。

 この様子だと、多少こっちから無理な条件を出しても飲んでくれそうな雰囲気がある。


 でも、何より、一番大事なのは――。

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