第21話 十日後の発熱
――翌朝。
晴れてはいないが出かけるには十分な天候となっていた。
水も張っており、飲み水は十分確保出来ている。
今日はキュルルより早起きだったみたいで、キュルルはまだ
引っ付いて寝たままだ。
マシェリさんは――先に起きているのかな。
周囲にはいない。
少し体を動かすと、キュルルを起こしてしまった。
まだ離れるのは嫌なんだろうな。
「キュルルー」
「お腹空いたかい? お水、飲む?」
喉が渇いていたのか、お水を上げると沢山飲んだ。
その後はお下の世話をした後、穴の外に出てみる。
ザザーという、寄せては返す波の音は相変わらず。
綺麗な海だ。でも、酷く物悲しく見える。
遠目に海を眺めていると、マシェリさんが戻って来た。
「起きたか。売れそうな実があってね。袋に詰めて行こう」
「それ、ドリュードですよね。竜の餌になるんですよ」
「ほう? キュルルも食べるのか?」
「いえ。もう少し大きくならないと食べれないです。匂いは凄く好きみたいで欲しがりはするんですけど」
「それなら売ってしまった方がいいな。そう言えば、昨日飲んでいたのは雨水だろう? 私は慣れているからいいが、たまにお腹を下す。飲むときは気をつけろよ」
「本降りの時は大気中の汚染物質を含まないって聞いたので、大丈夫だと思います。でも、気を付けますね」
「ファウ……それはどこで習ったんだ?」
「ええと、本で……」
「話し言葉でも驚いたが、ファウはもしかして勉強好きか? 計算とかも出来たりするのか?」
「そうですね……試しに何か聞いてみてください。難しすぎなければ答えられると思います」
「じゃあ私がこのドリュードを十個持っていたとして、それを同じ数だけ四回箱に詰めたら?」
「え? 四十個ですけど」
「早すぎる! つ、次だ。もっと数を増やすぞ。ドリュードを百……いや千個持っていたとして、それを二回箱に詰めた。それをキュルルが二個食べてしまった。さぁ幾つだ。難しいだろう!」
「千九百九十八個です」
「そ、即答した? 私は七歳の子供より計算が出来ないのか……ファウ。私がお前をオードレートに連れて行くのに一つだけ条件を追加したい」
「あの……マシェリさん。条件だなんてそんな」
「計算を私に教えてくれ……頼む!」
苦手だったのかな……凄く簡単な算数で、前世なら誰でも出来る計算だけど。
これならもしかして、道中難しそうな計算補助で役に立てるかもしれない。
騙されてたりもしたんじゃないのかな。
「もちろんです。今後難しい計算は任せてください。しっかり勉強してあるので。一つお尋ねしたいんですけど、僕が喋ってる今の標準語っておかしくないですか? この言葉で他の大陸でも通じます?」
「ああ。オードレートの言葉は理解出来ないから、驚いたけどね。最も西にある大陸までは、その標準語で問題無い。西の地域は一部特殊な言語が用いられるが、オードレートの言葉も通じる地域はある」
「そうですか……全てを網羅出来るわけ無いか……でも、良かった。やっておいて無駄じゃなかったんだ」
「勉強をやっておいて損することなどないだろう。大変だっただろうが良く頑張ったな。私はもう少し計算の勉強を出来ればよかったんだが……」
「そう言えばマシェリさんの出身はどちらに?」
「それはまた追々。そろそろ出発しよう。水質調査を道中行えば、町に着くのは今から出ても夜だ」
「そうですね。キュルルの餌も詰めたし、行きましょう」
取れたてのドリュードをかじり、水を飲んでから出発する。
この道も往復で二回目だし、もう慣れた。
――再びテントもといフェスタを張っていた周辺まで戻って来ると、マシェリさんの表情が少し険しくなる。
「他の冒険者がいる。私のそばから離れるな」
「はい。見当たらないですけど、どこに?」
「足跡があるだろう? 昨日は雨が降ったから、足跡が残りやすいんだ」
「注意深く見てるんですね」
「当然だ。安全な地域とはいっても、ラギは存在する」
……ラギ? ラギって何だろう? 山羊?
「ラギって……あ」
「ここからは静かに行くぞ。気になることは町の宿で聞け」
「はい」
池の間近まで来ると、こちらを見ている二人組が見えたので、話すのはそこまでにした。
池の水は普通に見えるけど……いや、ちょっと濁ってはいるかな。
砂浜近辺の海水の方が透き通っていて綺麗だった。
つまりこの池はプランクトンが多いのだろう。
魚も釣れるのかな? 小さい滝のような感じで池に水が流れてる。
その池の水は地中に落ちてるのかな。
水があふれることは無い。
「……行ったな。あいつらはラギ狙いか。ファウ。水を見てどう思う?」
「そうですね……人の飲み水としては駄目でも、動物としては悪くないかもしれません。でも、寄生虫や細菌などは多いかも。この水が流れ込んでくる大本はどこですか?」
「これを見て直ぐ飲み水として適さないって分かるのか? 気にしなければ普通の水に見えるだろうし、冒険者も飲むやつは飲む」
「そうなんですか……飲み慣れていれば細菌や寄生虫に対して免疫が出来ますけど……」
「ファウ……お前、本当に本だけで勉強したのか? それは医学の類じゃないのか」
「僕、竜や動物の医者、獣医に憧れてましたから。だからそっちの勉強ばかりしてたんです」
本当は前世で……だけど。
現世ではそんな本、見たことが無い。
早く読んで見たいけど、それよりも前にキュルルと出会ってしまった。
でも、分かってることがある。
「マシェリさん。一つだけ。読んだ本の中に大変なことが書かれてたのを覚えてるんです。竜は生後から丁度十日で、急な発熱を引き起こす。ここで命を落とす竜は多い。対処出来ればその生存率は各段に跳ね上がる」
「何? キュルルが産まれてから何日目だ?」
「今日が五日目。既に丸四日経過してるはずです」
「残り五日で準備しないといけないのか……これは水質調査はまた今度かな」
「いえ。この滝の上って草とか生えてますよね? 少し周囲を探ってみたいんです。雑草の類だから見つけられるかもしれない」
「分かった。行ってみよう」
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