第19話 豪雨の中
冒険者につい質問をしたが、少し困惑した顔をしているマシェリさん。
「その前にさっきの質問に答えてくれ。どうやってこの大陸まで来た。君みたいな子供が……島流しにあってもあの渦があるから流木すら流れ着かないこの場所へ。一体どうやって来たんだ? それと白竜の子供はどこで拾った?」
確かにその質問に答える方が先だ。
……あんな渦があったなんて、竜の背中にしがみついていた時は気付かなかった。
「信じてもらえるか分からないんですけど、枝を拾ってる最中にグラヒュトウルって獣に襲われて。もう一人家族がいたんです。このままじゃ逃げられないって思って、切り立った場所におびき寄せて……上手く伸尖剣で相手を抑えたまでは良かったんですけど……」
「崖から落ちた? どう考えても助からないだろう」
「大きな白い竜に、助けられました」
「何?」
「その竜は怪我をしてて……それで、壁に激突して。その竜は、死にました。卵を抱えてて……それがキュルルなんです。僕が……その子を見つけたんです」
「……にわかには信じ難い。だが、お前がここにいることが事実を示している。一つ聞いていいか。その母竜の亡骸は、どこにある?」
「あのお母さん竜の亡骸を荒らすのは止めてください! 僕を……命を助けてくれたんです!」
「勘違いするな。眠った竜の墓を、私も荒らしたくはない。だが、角と牙、爪。それだけ持っていけ。必ず誰かに荒らされる」
「ううっ……でも」
「他のどこの馬の骨とも分からない冒険者に奪われるより、お前に持って行ってもらった方が何倍も喜ぶだろう。竜の素材、しかも白竜の物となれば、現地で争いが起こってもおかしくない。それに……その子竜の形見でもあるのだろう? いつかはお前がそれを武器にでも加工して使ってやれ。そして、その竜を守ってやるんだ」
「はい……分かりました」
「少し降り始めたが出発する。私への質問返しは後だ」
「はい。でも着替え、濡れちゃってもいいんですか?」
「構わない。その竜の下へは大急ぎで向かうべきだ。いつ狩猟組が来るかも分からないんだ」
「狩猟……?」
「ああ。今はたまたま人がいないだけ。もうすぐ人が集まり出す」
「そうだったんですか!? 確かに変な四足獣とかは見ましたけど……食用だったんですね、あれ」
「毛皮にしろ肉にしろいい金になる獣がいる。たまたま狩猟者が少なかったから良かったものの……雨が降りだしたのが幸いだ。行くぞ」
直ぐに外へと飛び出し、濡れないようにキュルルをしっかりと包む。
とはいっても結構降って来た。寒くならないようにしてあげないと。
キュルルはまだ産まれてまもないんだ。
――来た道を引き返す形で戻っていく。
結構な距離を歩いたから、この雨の中移動するのはしんどい。
でも、マシェリさんは何とも無いようについて来る。
「くっ。ここまで降るか。ついてないな。町に戻ったら洋服を買う。お金は貸してやるから、ちゃんと稼いでくれよ。ファウ」
「が、頑張ります……でもお金って、どうやって稼げばいいんでしょう」
「今は後だ。喋ると雨を飲み込むぞ」
酷い豪雨の視界の中、必死に来た道を戻っていく。
どのくらい時間が経ったのだろうか。ようやく海岸沿いの母竜が眠った場所までたどり着いた。
ちゃんと封鎖したけど、雨で少し剥がれ落ちてる。
やっぱ、僕みたいな子供が封鎖しただけじゃダメだったんだ。
「……これでは見つけてくれと言っているようなものだ。どれ……」
中を覗いたマシェリさん。
雨が凄くてこちらは早く雨宿りしたいんだけど。
「これは……ファウ。この竜はこの壁に激突して死んだわけじゃないだろ?」
「僕もそう思います。既に傷を負ってました。僕を助けてくれた時、明らかに飛び方がおかしかったんです」
「白竜相手にこれほどの傷を? ……いや、分からない。今は……」
降りしきる雨の中、母竜が埋まっている壁の中ですらりと剣を抜いたマシェリさん。
自分にはそこで待つよう指示し、中で何かをしていた。
そして……出て来たマシェリさんは、大きな牙と爪、そして大きな角を持ち、それを革袋に詰めて渡してきた。
「今はこんな袋しかない。少しはみ出るが、これならただの獣の牙の先端に見えなくもない。町に着いたら真っ先に入れ物を買う。いいな」
「……はい」
「キュルルー……」
「私は少しここを封鎖するため残る。どこか近くに雨を凌げる場所を探しておいてくれ」
「それならここへ最初に着いた時に寝ていた穴があるんです。そこなら大丈夫だと思います」
「わかった。荷物を持って行ってくれるか」
「はい……わわ、重いですね」
「ああ、すまないな。軽量の術式は使用出来ないんだ」
「軽量の術式……ああ、ラギ・アルデの力ですね。僕も使えないです」
「……持てるか?」
「はい。大丈夫……ここから近いですから」
少しふらつきながら、キュルルと荷物を持って穴へと向かう。
ここは変わってない。外で炊いてた焚火の跡はもう残ってないや。
ここならキュルルの食べる草も生えてる。
雨が降ってるならちょうどいい。
マシェリさんの荷物にあった入れ物へ、雨水をいれて火をくべて飲み水に出来るかな。
確か本降りの雨は極めて良好な水……だったよね。
降り始めの雨は大気汚染を含む可能性があるからやめた方がいいって勉強したなぁ。
こういった知識はもっとサバイバルしてれば覚えたんだろうけど。
サバイバルってどの世界に行っても役に立つんだろうな。
「それにしてもよく降るなぁ。キュルル。大丈夫? 服、脱がせるよ?」
「キュルルー!」
雨水を大量に含んだ巻いた布切れを脱がせる。
拭くものがないから冷えちゃうといけない。
手で出来る限り拭いてやると、今度は外に出て雨水を入れ物に入れにいく。
穴の中には以前残しておいた枝がある。
若干湿ってるけど火はかろうじて着きそうだ。
「ガルンヘルア」
ぼっと相変わらずの小さい炎が灯る。
何度かやってようやく火が着いた。
あの時の力、やっぱり伸尖剣の力だったのかな。
「キュルルー」
「寒くないかい? 一緒に温まろう。草も少し取っておかないと……」
「お、枝もあったのか。よく火を着けられたな」
「マシェリさん。以前使ってた時に少しだけ入れておいたお陰です。あの、お母さん竜の場所は……」
「心配ない。当面見つからないように細工をしておいた」
「マシェリさんは……何も持っていかないんですか。お母さん竜の角や爪とか」
「私が仕留めた獲物じゃない。私が看取った命でもない。だから私には持てあますものだ」
「そうですか……有難うございます……」
それを言うなら自分だって同じだった。自分で仕留めたわけじゃない。
看取ったっていっても、俺が駆けつけた時にはもう、命の灯が消える寸前だった。
お母さん竜の形見。正直これで武器や防具なんて、今の俺には作る気になんてなれない。
でもきっと、そうしないといけなくなるのかもしれない。
それが凄く怖かった。
キュルルのことを考えるなら……自分はこの先この子を守っていけるのだろうか。
不安ばかりが頭をよぎる。
前世ではずっと夢描いていたのに。
傷ついた竜を癒すんだ。
自分が竜を育ててみたいんだ。
でも、そんな甘いものじゃ無かったんだ。
命を預かるんだもの。当然だよ。
「さて。今度は私が質問に答えてやる番だな」
そう言って、元気付けるように笑って見せるマシェリさん。
俺は……本当にいい人に巡り合えたのかもしれない。
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