第18話 目覚め

 ファ……ファウ。起き……起き……。


「ううん……まだ早いよトーナ……」

「トーナ?」

「はっ!?」


 がばっと起き上がると、不思議そうな顔をした黒髪の女性が目の前にいた。

 一瞬、トーナかエーテが起こしに来たかと思った。

 無理もない。まだ遭難して二日目? いや三日目なのかな。


「マシェリさん。すみません。いつの間にか眠ってしまったようです。あの、キュルルは?」


 ちょいちょいと横の草を示すマシェリさん。

 ああ……親失格だ。いきなり目を離すことになるなんて。


「そう悔やまなくていい。ファウはまだ小さい女の子なんだから。よいしょっと」

「え!? ちょ、何を!?」

「何って。着替えるの。ファウも着替える?」

「ぼぼぼ、僕は男ですよ!」

「別に性別は偽らなくてもいいよ。君はどう見ても女の子だろう」

「ほ、本当に男なんです。髪、そんなに伸びてます?」

「嘘……ええ!?」


 髪を触ってみる。この世界ではまだ鏡を見てない。

 ……肩ぐらいまでは伸びてるや。前髪だけはよく切ってもらっていたけど。

 鏡ってやっぱり大事なんだな。

 水面に映る自分の顔なんて、よく分からないよ。

 ガルンヘルアの力が無いと、水は直ぐ凍っちゃうもの。

 

「まぁいっか。子供には変わりないしね。よいしょっと」


 そう言うと、着替えを続行するマシェリさん。

 全部脱いだ……当然ちゃんと見ないようにしてるけど。


「おやぁ? いっちょ前に恥ずかしがってるのかい。そう言えばファウはいくつ?」

「僕、七歳です……その、女性の裸を見るのは恥ずかしいです」


 中身は十八なんだよ。年頃の男だ! 

 前世から恋愛なんて疎かったけどさ。

 お母さん以外の裸なんて見たことない。

 別に興味無いわけじゃないけど。

 もっと他にやりたいことがあったから、お付き合いなんて考えたことも無いし。

 いや、裸ならトーナとエーテのは見たことくらいあったっけ。

 体拭くときに少しだけだけど。

 でも子供同士だから何とも思わなかったな。

 ……ぶんぶんと首を横に振り、考えないようにする。

 俺の顔は真っ赤に違いない。


「ふーん。まだ七歳か……君が起きたら色々と話を聞こうと思ってた。まず、どうやってここまで来たのかな」

「すみません。質問を質問で返すのは良くないと思うんですけど……ここは、どこでしょうか?」

「ここはエストマージ。世界で最も安全とされる地域だよ。君の住んでいたオードレートとは違ってね。オードレートはここからはるか北西。ましてやオードレートは断崖絶壁に囲まれた、渡航が困難を極める地域だ。他国との交流も少ない」

「マシェリさんはそんな国をご存知なのですか?」

「言ったろ。私は冒険者だ。それなりに世界を渡り歩いてる。君は運がいい。もし最初に見つけたのがごろつきのハンターや夜盗の類、あるいは猛獣だったら今頃命を落としていたろう」


 運か……自分の運っていうより、キュルルを中心に行動してるんだ。

 運がいいのはキュルルなんじゃないのかな。


「そのことには凄く感謝してます。どう恩返ししていけばいいかも分からりません」

「子供は気にしなくていいの。そういうのは大人が気にすること。両親は健在なんだろう?」

「はい。父も母も……多分生きてます」

「あの地域で暮らすのは大変だろう。オードレートのどの辺りにいたか分かるか?」

「はい。最も北西に位置する地域のはずです」

「……参ったな。断絶された地域か……いや、皆まで考えまい。道のりにはそうだな……少なくとも五年はかかる。覚悟しておけ」

「五年も!? そんな……」


 一年は夜が極端に短い日が来るのを境目に数えられる。

 それを五回も過ぎるなんて。

 今は七歳だから少なくとも戻るまでには十二歳? 

 そんな……。


「言っておくが、最短で五年だ。さっきも言ったが、渡航が困難を極める地域だ。外に出ろ。簡単な地図を描いてやるよ」

「はい。キュルル、行こう」

「キュルルー!」


 キュルルを抱っこして外に出る。

 昨日と変わって少し天気が悪い。

 キュルルはお腹一杯なのか、もう眠たそうにしている。


「ちっ。降ってきそうだな。直ぐに描く。待ってろ」

「はい。よろしくお願いします。頭に叩き込むので」

「いい子だ。七歳に地理は難しいだろうが、意欲的なら飲み込むのは直ぐだろう」


 マシェリさんは足を上手く使って、地面に地図を描いてくれている。

 現在地は中央やや東寄りに位置する、大陸エストマージという場所。

 次に……ずーっと離して書いてるけど大げさなのかな。北西の位置にオードレートと描いていく。

 これはちょっと離し過ぎじゃない? って思ったら……大きな渦をいくつもその間に描いていった。

 これは……海路は厳しいぞっていうのを表すためにそうしたのかな。 

 なんだろうこの渦の大きさ……絶対海からじゃ行けないじゃないか。

 ――次に中央東側から他の大陸らしき場所へ矢印を引いている。

 ぐるーっと時計周りに大陸を回り……一番オードレートに近い位置の大陸から、線と

線でその部分を結び始めた。


「おおまかな道順はこれだ。ここから東の大陸へ渡り南下。そこから西に向かい二大陸を渡る。そこから北上してまた大陸を渡る。その大陸の最北端より、乗り物でオードレートに入る。この道以外は危険過ぎる」

「ほぼ、世界一周するってことなんですね……」


 驚いた。俺はもっと安易に帰れるものだと考えていた。

 竜にどのくらいの時間しがみついてたかも分からない。

 こんなに……絶望的な場所だったなんて。


「しかもだ。結構なお金が掛かる。ファウは今いくら持ってる?」

「……ゼロです。お金になるような物も、お金そのものも……」

「じゃあ、稼ぐしかないよな?」

「僕なんかで、お金稼げますか?」

「それはファウ次第。もちろん手助けはしてやる。やってみる気はある?」

「はい! 助けられるだけじゃダメなんだ。僕は……もっと成長して。キュルルと一緒に頑張っていきます!」

「その心意気はよし。やっぱり見た目と違って男の子だね。おっと。降って来た。雨くらいなら凌げる。フェスタに入ろう」

「フェスタ?」

「寝泊まりするところだよ」

「ああ、テントですか」

「テント? 君の地域ではテントと呼ぶのか?」

「い、いえ。そうじゃなくて……いいえ。そんな所です」


 転生したなんて話、説明したら頭がおかしいと思われる。

 俺が何で転生したのかなんて分からない。

 神様がいるのかも分からない。

 困惑させる話は止めておこう。


 フェスタと呼ばれるテントのような物の中に入る。

 直ぐにポツポツという雨の音が聞こえ始めた。

 これって、水入って来ないのかな? 


「大丈夫。防水性に優れた素材で出来ている。心配しなくてもこれくらいの雨なら問題ないよ」

「そうですか。こういうのって、僕のいた国では見なかったから」

「あの大陸では役に立たないだろう。雪深く、獣も多い。ここはその点獣も少なく安全な大陸だ。いや、島と言う方が適格かな」


 そうだ。今度はこっちが質問をしないと。

 どうしても気になることがある。


「マシェリさんは、ここで何をしてたんですか? 冒険者って一体……」

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