第17話 出会い

 間違いない。この世界でもきっと同じだ。あれはテントだ! 

 でも……突然子供が現れたらおかしいよね。

 それに密猟者とか危険な人だっているかもしれない。

 うかつに近づくのは危ない。

 まずは様子を伺おう。

 泉の水も飲んで平気なものか分からないし……せめてろ過出来ればいいんだけど。

 キュルルだって動物だ。

 免疫だってまだ低いかもしれない。

 人間と竜を同じに考えるのはおかしいけど、竜だって水で死ぬこともあるかもしれないし。

 と、草陰で様子を見ていると、テントの中から一人の大人の女性が出て来た。

 黒い髪を後ろで一本にまとめてる。腰には……すらりとした剣を一本。

 前髪をピンでとめて視界を広くしてる。

 凛々しい顔立ちだけど、ハンターさんか何かなのかな。

 

「獣? そこに何かいるな!」


 き、気付かれた? 音を立てちゃったかな。あ……。


「キュルルー……」

「泣き声? 獣か……」


 ゆっくりとこちらに剣に手を置き向かって来る。

 やばい! 


「い、いゐ! ほよひなろつぅちたぁるろ。ほうへぇろをけわ。まちゐたぁろをぅな……へよぉちゐとさぁみみつぅわ」

『あ、あの! 襲わないで下さい。お願いします。僕の大事な……家族のキュルルです』


「……子供? それに、トカゲか? 動くな」

「ひっ……うっ」


 言葉が通じてない!? そうか! 標準語で話さないと! 

 でも、剣だ……怖い。どう見ても本物だ。


「安心しろ。子供の命を奪うようなことはしない。ここで何をしている。子供の姿をした暗殺者だって存在するからな。ゆっくりとその獣を降ろし、所持している武器を捨てろ」

「はっ、はぁ……はぁ……わか、わかりま……」


 剣をこちらへ向けられ、恐怖で息が詰まる。

 人に刃物を向けられるって、こんなに怖いんだ……。

 前世じゃ考えてみたことも無かった。

 テレビとかアニメで見るけど、怖くて体が震えて……平常でいられるなんてあり得ないんだ。

 ……震える手でゆっくりとキュルルを降ろす。

 キュルルはそれを感じてなのか、足下にすり寄って離れない。

 そのままガタガタとする手で、伸尖剣を腰から外し、ポーラルの入れてある入れ物も降ろす。


「……あれは、伸尖剣にポーラルか? まさか。いや、一体何故……他に武器はないか? あったら気絶させないといけない。いいか!」

「……は、はい。だ、だい、だいじょぶです。けけ、剣を降ろして……怖い……」

「そうはいかない。こんな地で子供が一人獣といるなど普通じゃない。悪いけど、安全かどうかを確かめるまではこのままだ」


 女性はゆっくりと近づき、俺の下まで来ると、体を確かめ始める。

 全身を触り終え、俺の目を覗き込む。


「ルークアシェンダリー」

「えっ?」


 ぽわーっと俺の体が光に包まれる。

 すると、青く光を強く発し、光は直ぐに消滅した。


「ふう。すまなかったね。本当に遭難者か。追われている犯罪者では無いようだ」

「……ぼ、僕は」

「すまなかった。大分驚かせてしまって上手く喋れないようだね。水、飲むかい?」


 こくこくと頷き応じる。ついでにキュルルにも飲ませてやりたい旨を伝えたいが、口が……呂律が上手く回らない。


「フェスタまでおいで……と、腰を抜かしてしまっているのか。しょうがない。担いで行ってあげるよ」


 フェスタって何だろう。ダメだ、そんなこと考えてる余裕が無い。


「あの、で、でも……」

「いいから。お詫びだよ。よいしょっと。まだ軽いな。十歳くらいか?」

「うぅ……」


 少し安心したのか、気が抜けてしまった。

 震える手が徐々に収まってきたけど、本当に怖かった。

 キュルルと共にテントへ案内されると、中にはちょっとした鍋と寝袋などの道具類が一通りある。

 この人はここで何をしていたのだろう? 

 でも、良かった……人がいた。

 それに水も手に入りそうだ。

 

「町から持ってきた水だ。安心して飲んでいい」


 受け取った木の容器から水を貰う。

 こういうの、売ってるのかな。


「有難うございます……美味しい。キュルルも飲んで」

「キュルルー」

「それで……ここで一体何を? さっきこちらから遭難と聞いたが、一体どこから来た?」

「信じてもらえるか分かりませんが、オードレートという雪国で……」

「オードレート!? 冗談だろう。ここからどれ程遠いと思っている。そんな遠くから子供が一人で? 不可能だろう」

「そう、ですよね。信じてもらえませんよね……」

「いや。それは伸尖剣とポーラルだろう。そんな物を使う地域、オードレート以外ではあり得ない。ということは、この獣……」


 俺が掛けていたキュルルの着物をばさっと取る。


「……幼竜か。それにこれは……」

「あの! キュルルは僕が親なんです。だから……」

「竜は母竜がいなければそうそう育たない。野生で育てば危険な生物となる。ましてやこの竜は普通じゃない。白竜だ。そう簡単に育てられるものじゃない」

「大丈夫です。僕はずっと勉強してきたんだ。竜を育てるために。竜を育てたくてずっとずっと。この子のためなら、どんなことだってするんだ!」

「落ち着きな。とって食おうってわけじゃない。子供ながらにこんな地で竜を拾ってしまったのか……全く、どうしてこういつもいつも面倒事に巻き込まれるんだ私は。こんな子供、放っておけるわけないだろう

に……はぁ。いいか。君は家に帰るべきだ。竜は私の知る、責任ある者に預けてやる。絶対安全だ、だから……」

「それじゃダメなんだ! 僕は約束したんです。この子を絶対育てるって。そうじゃないと、浮かばれないんだ。僕は、僕は……」


 キュルルを抱き締め、その場を離れることにした。

 やっぱり誰にも頼れない。

 自分一人の力で解決しなきゃ。


「……どうしても、その竜と共に生きるつもりか」

「はい。どうしてもです。全てを失っても。この子を育てられないなら、僕はここで死にます」

「……はぁ。この布、もうちょっとましな物にしてやる。竜を連れ歩くのがどれだけ大変か……幸い戻る国がオードレートであるならどうにかなるか……君の名前は?」

「僕は、ファーヴィル・ブランザスです。ファウって呼ばれてます」

「ファウ。大人の責務を果たそう。君と……その竜。私が家まで送り届けると約束する。いいか。あくまで戻るのは家であること。分かったか?」

「えっ? でも、お姉さんは……」

「私は……そうだな。冒険者。冒険者のマール・シェラールだ。

マシェリと呼ばれている」

「マシェリさん……有難う、ございま……す」


 歩き疲れと緊張と、不安と怒り。

 それら全てが肉体を大きく疲弊させていたのか。

 それとも安心感からか。

 俺はその場で倒れ込んでしまった。


「キュルルー! キュル、キュルー!」

「おやおや……全く。これで本当にお前を育てられるのかね。お前のお母さんは」

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