第11話 初めて目にした竜

 伸尖剣で大怪我をしてから二年が経った。

 それまでは勉強に次ぐ勉強。

 その甲斐あってかトーナとエーテの会話は流通している標準語での会話を常に交わすまでに成長した。

 やっぱり小さい頃から語学をやるのって大事だ。

 俺が率先してその言葉を使うから、二人とも何を言ってるのか知りたくてそこを上手く突いたらどんどんと覚えてくれた。

 トイレとかも言わなければいけなかったから、恥ずかしかったけど。

 

 そして、医者であるドルディドさんに言われた通り、体も鍛えた。

 父さんは相変わらず年に一度帰って来るだけだが、あの事故以来一度も伸尖剣を用いていない。

 どうやらあの時に用いた伸尖剣は、少し特別な素材を使っていたらしい。

 初めて息子に教えるとき用に、大事にとっておいたものだったんだそうだ。

 なので、それとは異なる材質の伸尖剣を与えられた。

 伸尖剣は使わないが、ラギ・アルデの力を行使しない日は一度も無かった。

 勉強、魔法、肉体作り。知勇兼備でなければこの過酷な環境を生きることは難しいだろう。


「ファウー。ファウ―――。ねえ起きてよ。ファウー」


 俺を呼ぶ声が聞こえる。どちらの可愛い子だろうか。

 あれからエーデンさんは戻らなかった。

 家も訪れてみたのだが、結局何度家を訪れてみても戻っておらず、連絡も無い。

 随分と家族で悲しみに暮れた。

 けれど、亡くなったと決まったわけじゃない。

 今ではエーテもトーナも家族同然。

 家の生活にも慣れて、しっかりと手伝ってくれている。

 家族が増えれば必要となる食糧も増える。

 六歳の頃から狩猟にも手を出し始めた。

 無料飯を食えるなんて有難い環境では無い。

 この世界には厳しい雪の環境でも育つ作物がある。

 それは雪深い地中に根っこを下ろし、屋根付近まで芽吹く大いなる植物だ。

 また、雪でおおわれた湖では、分厚い氷の中に生息する魚がいる。

 氷結魚という、身が締まり過ぎてコチコチな魚。

 これを上手く調理すると、実に味わい深い魚料理が食べられるのだ。

 湖はエーデンさんの家の方角とは真反対側。

 今日もそちらへ釣りに行く予定なのだが……今はとても眠い。


「うーん。もうちょっと……」

「今日はファウの祝い日なんだからね。起きてってば。早くお魚取りに行かないと、夕ご飯に

間に合わなくなるでしょ!」


 この元気な声はトーナだ。トーナはもう九歳。

 俺よりも背が随分と高い。

 なんならエーテにだって身長は負けてる。女の子は本当に成長が早い。

 何でなんだろう? 


「分かったよー。それじゃ起きるから……」

「本当?」

「……すー、すー……」

「ファウ―! もう、いいよ。私が布団に入るんだから」

「……すー……ん?」


 なんか妙に寒くなったんだけど。あれ? 


「寒い……ってトーナ……」

「……すぅ……すぅ……」


 布団に入って三秒。変わり身睡眠余裕でした。

 さすがはトーナ。 

 寝相の悪さは相変わらずです。布団をはぎ取られました。


「ふぁーああ。まだ早い時間だよなぁ。エーテももう起きてるのかな。よし、起きるか」


 代わりに寝たトーナをそのまま置いておき、冷たい水で顔を洗う。

 一発で目の覚める冷たさが売りの冷水。

 もちろん井戸水だ。凍っているからガルンヘルアを撃ち込んでから水を出すんだけど、それでも冷たい。たまに氷が浮いたままだしね。

 顔を洗っているといつの間にかエーテが横にいた。


「ファウお早う。トーナ、起こしに来た?」

「うん。代わりに寝に来たよ。布団取られた」

「もー。代わりに寝てどうするんだか。はい、これ」


 顔を拭く布を渡してくれるエーテ。会ったばかりの頃はあまり表情も見られなかったが、今ではちゃんと喜怒哀楽が見られるようになった。

 

「母さんはまだ寝てるのかな?」

「ううん。お義母さんは雪備えで貯蔵用の食料品加工をしてるよ。手伝ってたんだ」

「そっか。ありがとねエーテ。お母さんに顔だけ出してから湖に行く支度をしないと」

「そだね。ちゃんとお弁当作ったんだよ? でも、ガッシュとお水、それに干し肉だけど……」

「ううん、仕方ないよ。何せ大体の物はカチコチになっちゃうし。お水もラギ・アルデの力が行使できないと、直ぐ氷になっちゃうもんね」

「うふふ。そだね。でも出かけるの久しぶりだから嬉しいな」


 二人で台所まで行くと、せっせと雪備えをしている母さんがいた。

 湖から戻ったら薪割りとかもしないと。

 

「あら? トーナが起こしに行ってくれたと思ったのに、エーテに起こされたの?」

「ううん。トーナに起こされたけど、トーナはそのまま寝ちゃったよ。疲れてるのかな」

「そうかもしれないわね……もうじき、吹雪がくるから少しでも備えないといけなくて……悪いわね、いつもいっぱい手伝わせちゃって。あなたたちも勉強頑張ってるっていうのに」

「ううん。お義母さんの手伝いができるの、とっても嬉しい」

「エーテ……」

「それじゃ母さん。俺とエーテは釣りに行ってくるから」

「あら、トーナはいいの?」

「あんなに気持ちよく寝てたら起こせないって……ってあれ?」


 ドタドタという音が聞こえたので後ろを振り返ると、片目は閉じたままだが片目が吊り上がったトーナがいた。


「ダーーーーメーーーー! 私も行くからぁ!」


 どうやら起こさなくても起きたみたいだ。

 置いて行ったらしばらくはご機嫌斜めだから、ちゃんと連れていかないとだよね。

 ――――家を二階から出てしばらく歩いた先にある、大きな湖。

 見晴らしも良く、銀色の光景が広がっているが、景色をゆっくり楽しんでいる時間は無い。

 早速三人で分厚い氷に穴を開ける。


『ガルンヘルア!』


 今では三人共、ラギ・アルデで炎を出せるようになっていた。

 書物を通して分かったことなのだが、このラギ・アルデというのは空気中や食べ物などに多量に含まれているようで、それらを取り込み蓄え、そして放出するもののようだ。

 つまりは健康的でなければ行使するのが極端に難しくなるし、使い過ぎや使用方法を誤れば、大怪我をしたときの俺のようになってしまう。


「よし。みんな少しだけ離れてやろうか」

「えー。寒いから近くでやろうよ」

「うん。トーナはドジだから滑って転んで怪我をしたら危ない」

「エーテ! 私はドジじゃないわよ。転ばないんだから! 見てて! ひゃっ……」


 すてんと見事に転ぶトーナ。

 トーナはドジというか、バランス感覚が良くない。

 寝相も悪いし……。

 構わず釣りを開始すると、直ぐに反応がある。


「お、早速かかった。この時期の魚はやっぱりお腹が空いてるみたいだね。どんどん釣りあげていこう」


 あっという間に五匹程が釣れた。時間にしてまだ十分くらいなのかな。

 エーテとトーナも順調に釣りあげている。

 サイズにもよるが、目標は三十匹。

 午前中には終えられる数だ。


「やっぱりファウは凄い。どうしてそんなに引っかけられるの?」

「魚が食いつきたくなるように小刻みに動かしてるんだよ。そうすると餌が動いてるみたいに見えるでしょ?」

「そうなんだ。やってみる……」


 ――こうしてしばらく釣りを続け……無事目標を達成。

 魚が入った入れ物は重たいけど、これは雪の上で引きずっていけば問題ない。

 早く帰って母さんに渡してしまおう……うん? 今日はいい天気のはずだけど、やけに暗いな……。


「ファウ! 大変! 空を大きな何かが飛んでる! 何あれ!」

「あれは……あの影は……りゅ……う?」

「グオオオオオオオオオオオオオオ!」


 俺はその場で凍り付いた。

 恐ろしさと感動で一歩も動けない。

 あれは……竜。白色の竜だ……どう見ても人間なんかが敵うはずがない。

 大きさが、規格が違う。

 前世で言うなら目の前に超大型の装甲戦車や戦闘飛行機がいるような感覚。

 俺が世話をしたいと思っている存在――――それが、あの竜? 


「ファウ。行こう。もう行っちゃったよ。大きいの」

「うん……ごめん」

「ファウ、元気無くなった。大丈夫?」

「大丈夫……かな。僕、あのお世話出来るのかな……」

「ほら、早く帰って美味しい魚食べよ? ね? 午後はどうするの? どの勉強する?」

「今日は午後、枝取りにいかないと。もうじき吹雪の時期だから、足りないと困るし」

「そだね。私も行くよ。トーナはお義母さんに料理を教わるんでしょ?」

「そうだった! 美味しい料理、作れるようになるんだ! 二人にとびきりの料理、食べさせるんだから!」


 二人はどう見ても元気を失くした俺を励まそうとしてくれている。

 何やってるんだ俺は。七歳と九歳の女の子にこんな励ましを受けて。

 急いで家に戻ろう。時間を無駄には出来ないんだ。

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