第7話 吹雪から三日後

 猛吹雪の間は、三人で一緒に勉強を行った。

 そのためか、二人とは仲良くなれたと思う。

 生前、勉強に励んでいてよかった。

 あの時周りと一緒にだらけていたら、エーテやトーナに教えることなんて出来なかったと思う。


 ――そして吹雪は三日間も続いた。現在は三日目の朝。

 相変わらずトーナに布団を略奪されるのは変わらない。

 朝起きると、エーテと身を寄せ合いながら布団にしがみついている日々だった。

 いっそのこと壁越しに布団を敷いたらいいのでは? とも考えたが、それだともっと寒い。


「ふあー。トーナ、風邪引くよ……あれ? 吹雪が落ち着いたみたいだ。やっと帰れる!」


 いつものようにトーナをころころと転がしてエーテにぴたりとくっつけておく。

 これはもう日課となっていた。

 毎朝の早起き。これも日課だ。そして、外へ小さな火の玉を放出してみるのも日課。

 雪の上にただ落ちるだけだから、何の危険もない。

 昨日までは吹雪いていたから、放ってすぐ戸を閉めていたけれど、本日は好天。

 あでやかな色の炎が飛んでいくのがよく見えた。

 よし! 絶好調。母さんはもう起きてるかな? 

 そう考えていたら、案の定母さんは起きていた。

 それに出掛ける支度も済ませている。

 家のことが気がかりなのだろう。それは俺も一緒だ。


「お母さん、お早う。今日なら家に帰れそうだね」

「お早うファウ。よく眠れた? 可愛い子二人に囲まれて寝るのなんて、帰ったら出来なくなるから寂しいんじゃない? うふふっ」

「寂しいには寂しいけど、友達と二度と会えないってわけじゃないでしょ? だから大丈夫だよ。ちゃんとここまで一人で向かえるようになりたいしね」

「……実はね。お世話になったお礼も兼ねて、少しうちで二人を預かろうと思ってるのよ。あの子たち、親戚の家にお邪魔しているのがどうも心への負担になってるみたいで……エーデンさんにお礼も兼ねて相談してみたら、了承してもらえたのよ。もちろん親戚の子を預かっている身の上だし、何かあったら大問題。だからちゃんと二人を守ってあげてね」

「本当? 本当に二人ともうちに来るの?」

「ええ。お勉強も沢山教えないといけないでしょう? 期待されてたわよ、ファウ」


 まだ二人と一緒にいられると聞いて、とても嬉しくなった。

 うちはアルジャンヌと母さんしかいないし、話し相手に事欠く身の上だ。

 これでもうしばらく、一緒にいられるんだ。


「僕、火をくべる手伝いをしてくるね。母さんは二人に話をしてあげて! きっと喜ぶからー!」

「あらあらファウったらはしゃいじゃって。うふふっ。よっぽど嬉しかったのね。ちょっと大人っぽい子だと思ってたけど、まだまだ子供ね。安心したわ」


 ここに来てからはずっと、火起こしの手伝いをしていた。

 というのも、初めて使えた本格的に役立つ魔法を覚えたからだ。

 雪の上を歩くのも当然凄いことだけど、こちらの方が自分には相性がいいみたいで、とても上手く扱えるようになっていた。

 

「ガルンヘルア」


 ぼうっと火の玉が飛び出し、着火を完了する。

 詠唱無しでの発動方法は未だよく分からない。

 そもそも人に出来るのかも不明だ。

 百聞は一見にしかずという言葉通り、実際目にしてみたら案外出来るのかもしれない。


「でも、こんな雪深い場所だと詳しい人に会うのも大変だろうなぁ……」

「おやファウ君。今日も火起こし有難う。直ぐに家内が炊事を始める。あちらで少し話をしないか?」

「料理、手伝わなくても平気なんですか?」

「ああ。今日までよくやってくれた。話は聞いているかもしれないが、しばらくあの子たちを預かってくれるそうじゃないか。私と家内は家を空けようと思っていてね。少し遠出をするつもりなんだ。それもあってか、家内が料理をはりきって作りたいみたいでね」

「そうだったんですか。差し支えなければどちらまで行かれるか教えて頂いても?」

「うん? ああ。君にはまだ地理の話は早いと思っていたが……そうだね。地図を見せて話をしよう」

「地図!? 地図があるんですか?」

「簡易的なこの国の見取り図だがね。世界地図となると王立図書館にでも行かないと見ることは出来ないよ」

「王立図書館!? ここは王国なんですか?」

「ああ。五歳の君に王国制は理解出来ないだろうが、そうだよ。それじゃ用意して待ってるからね」


 おっと。ついつい興奮してしまったが、まだ俺は五歳。

 そんな大人の難しい話に興味津々なのは少々まずかったかな。

 それにしても王国……とても気になるいい響きだ。

 そうすると騎士や貴族、お姫様なんかもいるのだろうか? 

 王都、行ってみたいなぁ……と考えていると、エーデンさんの奥さんであるレンナさんが顔を出す。

 初老の女性でふくよかだが、笑顔が優しい雰囲気のある女性だ。


「あらファウちゃん。火起こし有難うね。私の食事、美味しかったかしら?」

「レンナさん。とても美味しかったです。大変お世話になりました」

「よかった。ファウちゃんが来てくれてとても助かったの。あの子たち……私には馴染んでくれなくて。どう接したらいいのかも分からなかったのよ」

「二人も同じだと思いますよ。でも、とても感謝しているのは事実です。それに食事もいつも美味しそうに食べてましたし、表情も明るかったでしょう?」

「それはファウちゃんが来てくれてからよ。トーナは元気だったけど、エーテは本当に見てられない位元気が無かったの。朝食は大奮発するから、一杯食べてね」

「有難うございますレンナさん。これから旅に出られるのでしょう? 十分気を付けて行ってきて下さいね」


 にっこりと微笑み頭を深々と下げる。

 本当に美味しい食事だったし、レンナさんはとても優しかった。

 ただ、口数は多くなくて、本人にそんなつもりは無いのだろうけれど、黙っていると少し怖く感じる印象がある。

 だからこそ、エーテもトーナも苦手だったのかもしれない。

 ――台所を後にすると、冷たい水を絞り、食事処を拭いていく。

 拭き終えたところでエーデンさんが一枚の紙を持ってきた。


「結局手伝ってくれたのか。最後まですまないね。君が地図を見たいと言っていたので映し絵の方で悪いのだが、これをあげよう」

「わぁー。いいんですかエーデンさん! 有難うございます。大事にします!」


 そう言った俺に、にこやかな顔で一枚の絵と文字が書かれた紙を渡してくれた。

 達筆な文字で地名が書かれている。

 座りながらエーデンさんが位置関係を教えてくれた。

 

「いいかい。よく聞くんだよ……」


 エーデンさんの話では、ここはオードレート王国北西に位置する小さな集落。

 雪が深く仕事もあまり無い。

 作物も育ち辛い地域で、ラギ・アルデの加護も受け辛い場所なんだとか。

 その分、税収が非常に安く、極寒の厳しい地域にも関わらず人が住んでいるのは、そのためらしい。

 地域によって税収が変わるって、管理するのが大変そうだけど、どうやっているんだろう? 

 何せアルジャンヌで連絡を取り合う地域だし。


 話は変わってこの集落から南、南東、東にはそれぞれ別の集落や町があり、こちらより税金は高いものの、仕事はあるようだ。

 肝心の王都はずっとずっと南東にあり、ここからだと王都に行くのは何日も必要とのこと。

 この国では月という単位が存在せず、時間も二十四時間で一日というわけでは無い。

 それに、日によっては夜が極端に短い日も経験していた。

 地球とは違う構造なのだろうか。お日様はあるのに。

 その極端に短い夜の日が、一年という単位の締めくくり。

 たぶん、三百日くらい? だと思っている。

 地球だと、月の満ち欠けで計算したりしてたんだよね。

 微妙に端数が出るのをうるう年にして調整していたんだっけ。

 案外、適当だよね……。

 もう少しこの世界のことが知りたいし、質問してみようかな。 


「あの……馬車とかは無いんですか?」

「王都にはあるよ。ここではカウルールという雪上を動物に引かせる乗り物がある」

「ソリがあるんですか? それは乗ってみたいですね」

「ソリ? ソリというのは分からないが……しかしこのあたりでカウルールは乗れないんだよ。カウという動物が近年減少していてね。貴重な生物となってしまったんだ」

「カウ……カウがいればソリが……いえカウルールに乗れるのか……」


 ちょっと残念だけど、夢はある。

 雪上を乗り物で走れるなんて、絶対楽しいに決まってる! 

 エーデンさんの説明を一通り聞いて、なんとなくこの辺りの地理が理解出来た。

 帰る前に話が聞けて本当に有難い。

 これから家に戻っても、勉強を続けよう。

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