第6話 猛吹雪

 エーテに物書きを教えた後……その日はエーテとトーナが喧嘩となり、大変だった。

 トーナだけ寝ていてエーテにだけ物書きを教えていたのが伝わったからだ。

 寝ているのに起こすのは悪いと決めつけて、そっとしておかせたのは俺だ。

 だから俺が悪いということで、仲裁を取った。

 しばらくむくれていたトーナにも、ちゃんと勉強を教えると言ったら、直ぐに機嫌は

よくなってくれた。

 逆にそれを見て、エーテが不機嫌になるという厳しい連鎖はあったが……。

 食事を取り、湯を借りて部屋着まで貸してくれたエーデンさん。

 母が信頼するだけあって本当にいい人だ。

 

「そろそろ子どもたちは寝なさい。風邪をひかないよう温かくするんだよ」

「はぁい。行こ、ファウ」

「僕はお母さんと……」

「大人用の布団はそんなに数がないの。私たちは小さいからこっち!」

「えーー、そんなぁ……」


 結局トーナとエーテの寝ている部屋に強引に引っ張りこまれてしまった。

 当然小さい布団が二つ置いてあるだけ。

 

 左を向くと癖毛がくるくると可愛い栗色の、肩まで薄くかかる髪のトーナが。

 右を向くとストレートの長い黒髪サラサラなエーテがいる。

 

 どちらも向けないので天井をひたすらに見つめる事にした。

 天井って高いなー。大人になるととても低く感じるのに。


「ねえファウ。面白い話してよー」

「私も面白い話聞きたい」

「面白い話って言われてもなぁ。お互い面白いって思えないと、そういう話って出来

ないんだよ。だから僕が知ってて二人が知ってる事だとすると……ラギ・アルデの

力とか?」

「そういうのじゃなくて、ファウの好きな事とか、美味しい食べ物とか、そういうのだよ」

「うん。ファウがお勉強好きなのは知ってる」

「それじゃ……この世界じゃない違う世界の話……とか?」


 それを聞いた瞬間、二人ともがばっと近づいてきた。

 興味津々どころか、興味がありすぎたようだ。


「何それ!? 絵本の話? 聞きたい!」

「教えて。私たちこの雪の国以外の事全然知らないの」

「わわっ。二人とも落ち着いて。近い、近い!」

「だってこうしてた方が暖かいでしょ? 今日は特に寒いし……」

「うん。このままお話聞かせて」


 確かに自分の家と比べても、ここは寒く感じる。

 当然温かくなるよう工夫はしてくれているのだが、エーテもトーナも

この寒さの中で暮らしているんだ。

 

「わかったよ。それじゃ……」


 俺は前世での世界の話をした。

 地球という惑星があり、そこには多くの人々が住んでいる。

 巨大な建物が乱立し、一度に何千、何万もの人々を乗せて運ぶ乗り物。

 空を飛ぶ乗り物。宇宙へ飛び立てる船の話。

 彼女たちにすればどれも夢物語だろう。


「でね。これから先、車という乗り物は全部自動で……」

「スー……スー……」

「……うん……うん……スー……」

「ふふふっ。きっと、お父さんもお母さんもいなくて、寂しかったんだね……

二人とも、お休み」


 二人の寝息をヒーリングミュージックに変換して聞いていると、自分も

直ぐに眠くなってきた。

 寒い夜だったが、とても暖かくして眠れたと思う。

 最初は恥ずかしかったけど、子供同士こうやって眠るのも悪くない。

 でも、男の子の友達も欲しいなぁ。


 ――――翌朝。寒さで目が覚めると、両者に布団を引きはがされていた。

 どっちも寝相が悪い。特にトーナは明後日の方向まで転がっている。

 

「トーナ、あれじゃ布団から出て風邪ひいちゃうな……よいしょっと」


 そのまま反対方向にゴロゴロと押す。

 しかしまったく起きる気配がない。


 エーテは小さくて軽いので、そのまま両手で少し持ち上げて、中央付近に

戻してやると、服の裾を掴まれた。

 起こしてしまったか? 


「お父さん……行かないで……お父さん……」

「ごめんよ……お父さんみたいなことをしちゃってるのか。

こんな小さい子を置いて、両親どちらも出かけないといけないなんて……あれ? 

それは前世でも、同じか……どの世界でも厳しい世の中だな……」


 二人をぴったり近づけて、手を重ねさせておくと、自然とぎゅっと握りあった。

 どちらも寂しいにきまっている。

 今の五歳の俺にはどうすることもできない。

 せめて今日までは、ちゃんと話を聞いてあげよう。


「ファウ? もう起きたの? 慣れない場所だからかな。ごめんね」

「お母さん。大丈夫だよ。早く起きて勉強したかったんだ。今日もとても寒いね」

「困った事になってしまったの。今エーデンさんが急いで食糧庫から食糧の点検を

しているわ。こんな時にまさか暴風雪がくるなんて」

「暴風雪? 凄い吹雪ってことだよね」

「ええ。これでは帰るのが困難だわ。どうしましょう。アルジャンヌのご飯も

上げないと……」

「僕、餌箱を改良して、餌が無くなったら自動で落ちるようにしといてあるんだ。

だからアルジャンヌの餌は平気だよ」

「本当に!? 自動で餌ってどうやったの?」 

「えへへ。食べると少しずつ出るようにしてあるだけだよ。簡単にできるんだ」


 これは前世で飼育委員をやっていたからわかる知識だ。

 子供の手でも簡単な材料で作る事が出来る。

 まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。


「ありがとうファウ。一つ心配が減ったわ。直ぐにやんでくれるといいのだけれど……」

「一度吹雪いたら、そう簡単にやまないの?」

「そうね……三日はかかるかしら。その間エーデンさんたちのところに居続けたら食糧が……」

「雪の中だと食糧は取れない? 一階から雪を掘っていって……」

「ダメよ。とても危ないわ」


 氷で固めていってといいたいところだが、それも難しいか。

 もっとラギ・アルデに詳しければ対処方法も見つかったかもしれない。

 だが、まだこの土地についての知識があまりにも不足している。

 食べ物もどれを取ったら食べれるか、その区別もつきそうにない。


「ごめんなさいね。子供のあなたにこんな心配をさせてしまって。

でも大丈夫。ファウは心配しないで。お母さんが何とかするから……」

「ダメだよ! お母さんが一人で頑張って無理したら、きっと疲れちゃう。

僕がちゃんと手伝うから!」


 とっさに母の言葉を吹き飛ばすように声を出してしまった。

 お母さんが何とかするから。それは父が亡くなった時に母が俺に向けて言った

言葉と同じだった。

 そんな親の顔、二度も見たくは無かった。


「ファウ……あなたはまだ五歳なのよ? そんなあなたを頼っていたら、母親失格だわ」

「そんなことないよ。僕も……それにトーナもエーテも。ただ何もせず見ている

だけ、待っているだけなんて嫌にきまってるよ。手伝えることはどんなことだって手伝う。

そうじゃないとこんな雪の中、生きていくのは大変でしょ?」


 ――がばっと母親に抱きつかれ、頭を撫でられた。

 やっぱり父が帰って来ないから、とても無理をしていたのだろう。

 優しく背中を撫でておこう。大丈夫。一人で全部背負い込む必要なんて無いんだ。


「うぅっ。あなたは本当に優しい子ね。ありがとうファウ。

あなたが居てくれるだけでどれほど心強いか。あなたまで居なくなったら私、生きていけない」

「お母さん、苦しいよ……雪が止むまではエーデンさんのお手伝いをして、雪が止んだら

食糧を取りに行ってエーデンさんに返す。それでいいじゃない」

「あーーー! ファウのお母さん、ファウを独り占めしてずるいー!」


 後ろから突然大きな声がする。

 どうやらトーナとエーテが起きてきたみたいだ。

 後ろを振り向くと、エーテは目をこすり、トーナは指をこちらに指して

ご立腹だった。

 母さんは俺から手を離すと……二人を抱きしめ頭を撫でていた。


「二人ともごめんね。ここにいる間は、私を母と思っていっぱい甘えてね」

「えっ……あの……いいの?」

「ファウの……お母さん。私のお母さん?」

「ええ。今はあなたたちの母親。よしよし……」

「うっ……えぐっ……お母さん。お母さん……会いたいよぉ……」

「お母さん……」


 泣き叫ぶトーナの声。

 どれほど我慢していたのだろう。

 まだたったの七歳と五歳。

 止まぬ吹雪の音とともに、いつまでも二人は母さんの服をつかみ、泣いていた。

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