第5話 新しい本

 エーデンさんのいる部屋に戻り、本を借りられないかお願いをすると、心おきなく貸してくれた。

 新しい本を開けば、新たな世界へ突入できる。

 エーデンさんは俺が文字を読めることに驚いていたが、知らなかったラギ・アルデの力を使える親戚の娘さん二人も十分凄いと思う。

 

「しかし竜に関する書物にその年齢から関心を持てるとは。将来が楽しみだね」

「ええ。それじゃ本もお借りしたし今日は帰りましょうか」

「おやおや。今日はもう遅い。泊っていきなさい。食事の支度も済んでいるよ」

「でも……」

「暗い道で何かあってみなさい。それこそ後悔することになってしまう。しっかりしているとはいえ、こんな小さい子を夜に連れ回すものではないだろう?」

「はい……ではお言葉に甘えて。ファウもいいかしら?」

「うん。僕、今日中に本を読み終えるよ。紙とペンがあれば、必要そうなところだけ書き写せていいのだけれど」

「文字も書けるのかね? ……紙とペンか。それなら一枚用意しておこう。ファウ君の将来のためになるなら安いものだ」

「いいんですか? 有難うざいます、エーデンさん!」

「本当に何から何まですみません」

「いいんだよ。娘たちにもいい刺激になるだろう。彼くらい勉強熱心になってくれればいいのだが」


 紙とペンを受け取ると、座って書けるようにテーブルと椅子のある部屋へ案内された。

 本が貴重であるならば紙も貴重だろうに。有難く使わせてもらおう。

 新しい本に書かれている内容を精査し、メモしていく。

 今回の本は凄い。魔法項目が目白押しだ。

 それに竜のエサの種類や取れる場所。またその成長過程などが書かれている項目がある。

 傷の治し方に関しては、残念ながら項目が見当たらない。

 この紙は大事に肌身離さず持っておこう。

 それにしても竜は恐ろしいほどに長生きする生物のようだ。

 基本的には卵から産まれるようで、生まれたばかりの幼竜ほど気性は激しいらしい。

 この辺りはメモを取るまでもなくすいすいと頭の中へ情報が焼き付けられていく。

 書くとしたらやはり魔法……ラギ・アルデの力だ。

 別の本の頁をめくってみる。

 ラギ・アルデの力を行使する術は詠唱以外にも存在するらしい。

 この書物ではその内容に関してあまり書かれていないが、詠唱せずとも行使できる……つまり無詠唱で力を使うもの。

 その代表といえるのが竜のようだ。

 確かにどの物語でも竜が魔法詠唱をするような書物を見たことが無い。

 

「それに……やっぱり適性があるのかぁ。何でもかんでも力を行使できるわけじゃないんだね……今までのはたまたま上手くいってたのかなぁ? 帰ったら詳しく調べる必要があるかな」


 適性に関して書かれているところは、一字一句漏らさずに網羅していく。

 さらに、ラギ・アルデの力をどれだけ行使できるか……その部分がとても気になっている。

 つまり、マジックポイント! いや、ラギ・アルデの力だから、ラギアルデポイント? 

 これに関しては最重要項目だろう。

 今のところ大した力を行使できないため、その部分へ注目してはいなかった。

 だが、この力を多く行使出来れば、竜を治療したりするのも容易かもしれない。

 しかし、残念ながらその項目はほぼ無いに等しかった。

 これは要自己確認……と書いておけばいいかな。

 

「だーー。疲れた。子供の体って文字を書くとこんなに筋肉が疲れるのかぁ……」

「それじゃ手を揉んであげるね」

「あー、有難う。助か……ええっ?」


 いつの間にか書いてある文字を覗き込むようにエーテが立っていた。

 俺の手を取り、揉みほぐしてくれる。ああ、疲れが吹き飛ぶようだ。


「有難うエーテ。疲れちゃうだろうしもういいよ。トーナは一緒じゃないの?」

「うん。部屋でファウ君がくるのを待ってたら、眠くなったから寝るって」

「そっか。あの、僕を呼ぶときはファウでいいよ? それにしてもまだ寝るには早い時間だけど、育ち盛りだからなのかな」

「分かった、ファウ。ねぇ、何を書いていたの? 私、まだ文字が読めないのにすごいね」

「家にあまり本が無いから、色々書き留めておきたくて。エーデンさんに借りた本を写してたんだ」

「そんなに色々覚えてどうしたいの?」

「僕は……ううん、色々勉強してお母さんの手助けをしたいんだ」

「そうなの? お勉強するとお母さんを助けられるの?」

「うん。うちはお父さんがあまり帰って来ないから。だからいっぱい勉強して早くお母さんを楽させてあげたいんだ」

「ファウは凄いね。私もお勉強して、お母さんを助けたい」

「エーテのお母さんはどこかに出かけているの?」


 途端に下をうつむいてしまう。

 しまった……まずいことを聞いてしまったかもしれない。


「ごめん。言いたくないなら言わなくてもいいよ」

「お母さんも、お父さんも、もうずっと帰って来ないの。エーデン叔父さんは私を傷つけないように言わないけど、もう……会えないかもって思ってるの」


 衝撃的だった。確かにエーテは元気がないように見えた。

 両親共に行方不明なのだろうか。

 だとしたら……ずっとエーデンさんの家で暮らすしかない。

 こんな悲しそうな顔……前世で父が亡くなった時の母さんのようだ。


「僕に何か出来ることはない? エーテが寂しくないよう、何でも協力するから」

「何でも? 本当に?」

「うん。僕に出来ることなら何でも言ってよ」

「じゃあ、私の先生になって。文字の読み方とか、書き方とか教えて欲しいの。お母さんとお父さんが帰ってきたらびっくりさせたいの」

「うん、僕に任せて!」

「今すぐがいい」

「ええ!? 今すぐって……」

 

 自分の座ってる椅子の前に座るエーテ。

 ちょこんと前の方に座り、俺が書いた文字を見始める。

 身長も手も俺の方が少し大きいくらい。

 髪はお人形さんのようにサラサラな、綺麗な黒色の髪。

 思わずよしよしと撫でてやりたくなるが、今は文字を教えないと。

 エーテに一文字ずつ丁寧に教えていく。

 紙がこれ一枚しかないので、その上を指でなぞる様にする。

 エーテは真剣な目で文字を見て、話を聞いている。

 この子は凄いな。

 俺のように転生してきたわけでもない。

 凄く竜が好きでそれに向かって覚えようとしているわけでもない。

 ただただ、会えないお父さんとお母さんに褒めてもらいたくて勉強するなんて。


「ファウ、教えるの上手だね。覚えやすい。とっても楽しい」

「本当? それなら今日はめいいっぱい勉強しようか」

「うん!」


 ようやく少しだけ笑ってくれたエーテ。

 人にものを教えられるような立場じゃないけれど、それでもエーテの役に立てるのなら精一杯頑張ろう。

 

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