第4話 エーデンさんの家で

 深い雪の上を母さんと歩く事三十分くらいだろうか? 

 この世界ではまだ時計を見たことがない。

 正確な時間はよく分からないが、一日の時間は前世とあまり変わらないと思う。

 昼と夜があり、夜になればろうそくを付けないと真っ暗だ。

 明りを灯すような魔法は無いのかな? もしあってもずっと発動するのは大変か。


 遠目に見える一軒の家。うちと同じく一階部分は雪で埋もれていて見えない。

 二階部分が入り口となっているようで、大きな窓というか入り口が見える。

 

「あそこがエーデンさんのお家よ。お邪魔しに行くことは伝えてあるわ」

「どうやって伝えたの?」

「アルジャンヌよ。手紙を運んでくれるの」

「アルジャンヌが? ただのペットじゃなかったんだね!」

「ここは雪深いから、伝書を運んでくれる鳥たちが生命線なのよ。足音に気づいたのかし

ら。出迎えに来てくれたみたいね」


 雪の上に両手を広げて合図をしてくれている、初老の二人。

 そして……小さな女の子が二人いた。

 お子さん……にしては小さいと思うが、親戚の子か何かだろうか? 


「ラル・ゾナスの導きにより、今日お目通りを許されたこと、感謝いたします」

「ラル・ゾナスの導きにより、今日お目通りを許されたこと、感謝いたします。カティ

ーナ、元気そうだね。その子が?」

「ええ。さぁファウ。私がやってみた挨拶、できるかしら?」

「うん。ラル・ゾナスの導きにより、今日お目通りを許されたこと、感謝いたします……

僕はファーヴィル・ブランザスです。初めまして」

「この子、本当に五歳かね? どう教育したらこんな礼儀正しく物覚えのいい子が育つの

か。じっくり聞いてみたいね」

「あのー、エーデンさん。そちらのお子さんは?」

「おお、おお。そうだった。挨拶しなさい、お前たち」

『ラル・ゾナスの導きにより、今日お目通りを許されたこと、感謝いたします』

「私トーナ! トールミナ・ティトン。今年で七歳!」

「……エーテ。エーリンテ・シャルロンヌ。五歳」

「親戚の子供たちだ。外は冷える。中へお入りなさい。家内が食事の支度をしているか

ら」

「ええ、お言葉に甘えて。そちらのお子さんもちゃんと挨拶が出来て偉いわ」

「えへへ。ねえファーヴィル君。後でいっぱいお話しよ?」

「ファウでいいです。トーナさん。喜んで。ずっと外に出れませんでしたからね。お母さ

ん以外の人と話すのは久しぶりです」

「私もトーナでいいよ。仕方ないよ。私はエーテがいるから話し相手には困らないけど。

ね?」

「うん。でもトーナともいつでも会えてたわけじゃないから」


 エーデンさんの家に向かいながら、彼女たちと少し話す。

 苗字が違うってことは姉妹ではないのかな。

 

 ――家の中に入ると、暖炉に火が灯されており、とても暖かかった。

 初老の女性が出迎えてくれたので、外での挨拶と同じようにやってみせると、とても喜

んでもらえた。

 

 一階の食事処へ案内されると、エーデンさんから楽にするよう伝えられる。

 飲み物と、甘い焼き菓子を出してもらえたが、この菓子もカチカチなのを知っている。 

 味は良いのだが、そのまま食べればこの乳歯は簡単に砕けるだろう。

 飲み物に浸して食べるのが基本だ。


「今年も雪が深い。外は荒れた天候の日も多くなった。大変だが協力して生活していくし

かないね」

「ええ。鎮められるかどうか。手がかりを探してはいますけど、厳しいですね。で

も……」


 深刻な顔をして話す母とエーデンさん。

 やっぱりかなり良くない環境なんだろうか。

 父も年々帰って来るのが遅くなっている。

 

「ねぇねぇ。大人たちの話は難しいから、二階の私たちの部屋へ行きましょ?」

「え? うん……僕、エーデンさんに聞きたいことがあるんだけど」

「それは叔父さんの話が終わらないと無理でしょ? エーテも行くわよ」

「はぁい」


 階段を登り再び入り口方面へ。どこも入り口は二階なのかな。

 そこをさらに抜けると、雑多に布団が敷かれた無骨な部屋があった。

 こういう部屋に女の子二人と自分だけって、ちょっと緊張しちゃうな。


「えっへへー。ファウ、今からお姉さんが凄いことするから見ててねー!」


 えっ? 凄いことって一体何するつもり……? 

 僕まだ心の準備が……そんな、ダメです。


「ガルンヘルア!」

「ダメー! へっ? 凄いこと……」


 トーナは外へ向けてボッと小さい炎を飛ばしていた。

 突然のことで凄くびっくりしたけど、凄いことってラギ・アルデの力のことだったん

だ。

 それにしても炎の玉! 

 これがあればお母さんのお手伝いをできる範囲が広がりそう。

 全然小さい火の玉だけど、薪に火をつけることはできそうだ。


「トーナ。それは使っちゃダメって言われてるのに」

「そうなんですか? 便利だと思いますけど」

「火は危ないから……」

「そう……ですよね。使い方を間違えれば確かに危ないか……」

「エーテは怖がりなんだから。大丈夫よ、ちゃんと使えば。どう? 凄いでしょ?」

「えっと、こうかな。指先から出たみたいだから……ガルンヘルア!」

「ええーー!?」


 俺はトーナの見様見真似で火を飛ばしてみる。

 少しトーナより大きくなってしまったが、的確に外へ火を放出することができた。

 調整しないと確かに危ない。でも、感覚はわかる。火は前世と同じ環境なら、起こ

すのはそう難しくはなさそうだ。


『凄い……』

「よかった上手くいって。でも、やっぱり火は危ないだろうから、安全なラギ・アルデの

力の使い方、教えてくれませんか? 特に竜に関するものがいいんだけど」

「竜? ファウは竜をどうにかしたいの?」

「え? ええ。僕は竜を世話したり、乗ってみたりしてみたいんだ。怪我を治してあげた

り」

「なんで? なんでそんなことしたいの? だって竜は……」

「この国を滅ぼそうとしているのが竜じゃないの?」

「国を……滅ぼす? 竜が? どうして?」


 最も聞きたくないような内容を聞いてしまった気がした。

 そんなこと、考えてみたことも無かった。

 竜が悪しき存在だとでもいうのだろうか。

 信じたくない。

 俺は竜を……竜と共に暮らして生きたいと今でも思っている。


 ……その後彼女たちに、この国での竜のことを色々聞いてみた。

 母さんは竜の好物などを教えてくれるだけで、竜の悪いところなどは一つも教えてくれ

なかった。

 それは俺に気を遣ってくれたからなのだろう。

 この国の雪が強い原因は竜そのものだという。

 そして、食糧があまり取れないのも、竜が食欲旺盛だからだという。


 でも俺は、この目で見るまでは信じたく無かった。

 だが……彼女たちの方が詳しいに決まっている。

 顔に不満を出すわけにはいかない。

 今は話をしっかり聞いて、考えるときだ。

 そう考えていたところで、母さんから声が掛かる。


「ファウ―? エーデンさんに話す事があるんでしょう? 下りてきなさーい」

「はーい! ごめんね二人とも。そろそろ行かなきゃ」

「うん。今日は泊っていくんでしょ? ねえねえ、もっといっぱい一緒に遊ぼう!」

「泊っていくの!? でも、女の子の部屋じゃ……」

「え? 女の子と一緒に寝ると何か問題があるの?」

「い、いやー。そういうわけじゃないけど……」


 まだ五歳だからいいけど! 心はもう十八過ぎなんだよ! 

 察しておくれ!  

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