第3話 五歳のファウ

 初めて本に触れてから二年が経った。

 今では本を一人で読めてしまう。

 そして家にある本は全て読み終えてしまった。

 驚くことにこの世界には、奇跡を起こす力……魔法と呼ばれるような概念が存在した。

 

 「グリナリティオード」


 本の挿絵を動かす力。これは完璧に覚え、出来るようになった。

 この世界には大気を流れる力を取り込み、その一部を利用することで行える奇跡の力がある。

 そして……竜と対話を可能にする力もあった。

 この家にはなぜか戦闘に関する本が幾つかあるだけで、他の日曜的な本がほとんど無い。

 年に一度程度しか帰って来なくなった父に、今度帰宅する際には竜に関する本を買って欲しいとねだってみたら、喜んでうなずいてくれた。

 今年はいつ頃戻ってくるのだろうか。

 ――三歳の頃、外へ出してもらえなかったが、それには理由があった。

 五歳になる前に外へ出してしまうと、ラル・ゾナスの怒りを買い、さらわれてしまうらしい。

 いたずらで外に出たりしないで本当によかった。

 いや、雪に慣れてないから外へ出るのは危ないと思っていたんだけど。

 なにせ体の大きさに対し、外の雪は自分の背丈を超える程。

 埋まったら母親では探すのが大変だ。


「アルジャンヌ。そろそろ違う本が読みたいよ。ここの本、全部読んじゃった」

「クアー?」

「ってお前に言ってもしょうがないか。ラギ・アルデの力を使えるなら、もっと凄い魔法……例えば火を起こしたりとか、水で攻撃したりとか出来るんじゃないのかな?」

「クアー」

「五歳になったし、母さんの買い物へ一緒に連れてってもらえるかなー……」


 ここで同じ本ばかりを読んでも、もうあまり意味はなくなってしまった。

 文字の読み書きは一通り覚えた。

 オカリナのようなボーラル術も、やり始めたら直ぐに出来るようになった。

 これは前世で縦笛を吹いていたからだろうか。

 母さんは呆れていた。本来そんなに直ぐ出来るようにはならないらしい。

 精々十歳から十五歳までに覚えられればいい方。

 物覚えが早すぎるようだ。

 頭の出来だけなら、既に十八歳先に経験しているわけで。

 これくらい出来てもおかしくはないけれど、この体は随分と物覚えがいい気がする。

 五歳なんて頭に入れたもの、片っ端から覚えていく真っ最中だろう。

 だから早く、竜の生態なんかを知りたい! 

 熱い思いを母さんにぶつけたら、近くの老夫婦の許へ挨拶に行くからその時に本を借りられないか、お願いしてみることとなった。

 老夫婦の家なら、いい本が期待出来そうだ。

 雪に入れる装備をしっかり整え、初めての外へ。

 今日は天気もいい。

 雪は積もったままだが、母さんはどうやって買い物へ向かっているのだろう? 


「ファウ。お母さんに捕まっててね。二階から出るから」

「ええ? 二階から出たら危なくない?」

「ファミアラーラルト……。よいしょっと。ファウも随分、大きくなったわね……」


 母さんの足下に、光の環のようなものがはめ込まれているのに気づいた。

 これもラギ・アルデの力だろう。

 母さんに抱えられたまま、外へ出る。

 そして母さんは雪の上を歩いている……こうやって買い物に出ていたのか。

 俺がこの光景を見ると、外に出たくなると思ってか、いつも見せてくれなかった。

 こんな状況を見たら確かに出たくなっただろう。

 この術を教えてくれなかったのも、外へ出さないためか。


「ねえ母さん。僕もその魔法、使ってみていい?」

「魔法? ああ、あなたはラギ・アルデの力をそう呼んでいたわね。あなたにはまだ無理じゃないかしら」

「ええと……」


 ラギ・アルデの力を使うには、体中……毛穴から空気を大量に取り込む感じだ。

 その取り込んだものを発動したい場所へ集めて使用する感覚。

 つまり今でいうなら足だ。しかも足先だけじゃなく膝上くらいまでだろうか。

 それを発動させるのに、言葉を発する。

 これは大気の力に願いを込めるためなんだとか。

 つまり詠唱ってやつだ。


「ファミアラーラルト」


 ぼわっと足先が温かくなったような感覚がした。成功に違いない! 

 母さんと同じ、光の環のようなものがはめ込まれている。

 ゆっくりと母さんの背中から降りると……雪の上を無事歩いて見せる。


「上手くいったよ、お母さん! これなら少し楽になるでしょ?」

「驚いた……過去に一度も見せたことがなかったのを、今見ただけで出来ちゃうなんて。ファウは本当に天才ね!」

「でも、僕が使いたいのはこういう魔法じゃないんだ。竜を癒したり、竜のご飯を作ったりする魔法がいい!」

「さすがにそういった本があるか分からないけど、エーデンさんの下を訪ねたら、色々質問してみなさい。お母さんの教えたこと以外の話もきっと聞けるわ。その代わり、失礼のないようにね?」

「うん!」


 雪の上を歩く不思議な感覚。手だけはしっかり母さんに握られ、深い雪の道をゆっくりと歩いて行った。

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