三章9 誰が君を守るのか

「晴人さん、どうして……ここが分かったんですか?」


潮香は声を震わせながら、晴人に問いかけた。


「色々聞きこみしているうちに、ひょっとしたらここにいるのかなと思ってね。こないだ、この町からの中継で君は突然不可解な行動を取っていたよね? それはきっと、君にとって特別な存在と言える誰かに出逢ったか、忘れられない出来事を思い出したか、そのどちらかだと思ったんだ」


 晴人は二人に近づくや否や、信彦と潮香の間に強引に割って入り、二人の真ん中で腰を下ろした。


「アナウンス室にも聞きこみしてね。熊谷部長が君に連絡するまでの間、君は一度もアナウンス室に連絡すらよこさなかったと聞いたよ。君はきっと、部長に呼び戻されるまで、自分の全神経を集中させるような『何か』を続けていたはず。そして君は、この場所でやり残した『何か』のために、またここに戻ってくるだろうと推理したんだよ」

「……さすがですね。そして、私がこの『もみの樹荘』にいることも、良く分かりましたね」

「それも簡単なことさ。今朝の『オキドキ!』の中継はこの場所からだったね。君はおそらく、その中継を見ていてもたってもいられなくなり、ここにやってきた。その理由は、君にとって重要な人物がそこに映っていたからだ。違うか?」


 晴人は名探偵のごとく、潮香の過去の行動やここまで起きたことを整理し、推理して、見事にここにいることを突き止めたようだ。

 抜け目のない晴人の推理に、潮香は歯ぎしりをしつつも降参するしかなかった。さすがはワンダーTVの未来を背負って立つ人物だと言われる所以である。


「降参です。さすがですね」

「ハハハハ、そうだろ? そして、今の君のお話もしっかりと聴かせてもらったからね。僕が君にとって初めての男じゃない理由が良く分かったよ」

「何て余計なことを……」


 潮香はため息をつくと、晴人は柱に手を置いて、呆れ顔で潮香を見ていた。


「君が好きなのは、この人なんだね。先日の君の中継にも、そして今朝の中継にもこの人が映っていたから、気になって仕方がなくて、ここまで逃げて来たってわけか」

「それだけじゃないですよ」


 潮香は髪の毛を掻きわけると、得意げに語り続ける晴人を睨み返した。


「晴人さんがマスコミ他社に追われている私を守ってくれたことはとても感謝しています。でも、そんな私をまるで自分のおもちゃみたいに扱っているのが耐えられなかった。私はあなたの着せ替え人形でも、性欲処理の対象でもありません! ちゃんと一人の女として、人間として見てもらいたかった……」


 潮香は声を絞り出して、これまで溜まりに溜まっていた鬱憤を晴人にぶつけた。

 しかし晴人は表情ひとつ変えず、時々首を傾げながら不敵な笑みを見せていた。


「僕のやり方が気に食わないから、この人の所に逃げてきたというのかい? 自分の立場もわきまえず、随分偉そうなことを言うじゃないか。僕だって、君の名誉を守るために、そして売れっ子アナウンサーとしての立場を守るために、陰で一生懸命動いていたんだ。僕がいなかったら、君はこれから先、アナウンサーとして表舞台に立てなくなったかもしれないんだぞ?」


 晴人はそう言うと、信彦の身体を手で押しのけ、潮香の身体に無理やり手を回そうとした。


「さ、今から僕と一緒に帰ろう。もうあと数日経てば、君は病気から回復し、『オキドキ!』に復帰するというストーリーになっているんだ。ここまでの道筋は局内で共有しているので、君は悩むことなくスムーズに仕事に戻れるよ」


 晴人はそう言うと、潮香を抱き寄せ、そのまま強引に連れ去ろうとした。


「やめて! 私、帰らない! ずっとここにいる! 信彦君のそばにいたい!」


 潮香は金切り声で叫び、全身をよじって晴人の腕を引き離そうとした。しかし晴人は強引に腕を引き寄せると、そのまま潮香を自分の胸に抱き寄せた。


「君はなぜあんな男に気を取られているんだ? 僕と別れ、あの男と一緒に生きていくつもりか? もしそう考えているならば、申し訳ないが考え直した方が良いと思うぞ! 君自身に、彼を未来永劫面倒を見る覚悟も知識もあるのかい?」


 晴人は必死に抵抗する潮香を睨みつけながら、まるで現実を叩きつけるかのようにそう叫んだ。

 潮香は「ううっ……」と小さな声で唸ると、そのまま晴人の胸の中で嗚咽し始めた。

 頭の片隅では、今の信彦は過去の信彦と同じではないこと、そして、障がいを持った人間を介護するだけの知識も経験もない潮香が、このまま一緒に暮らすことは困難であることは、十分すぎる程分かっていた。

 晴人は嗚咽を続ける潮香を引きずるかのように二階から一階へと運ぶと、待機していたカンさんと清田に声を掛けた。


「君たちは潮香の付き添いか? 悪いけど、潮香は僕が東京に連れて帰るからさ。先に帰ってくれるかな」


 晴人は額の汗を拭いながら、抱きかかえられた潮香の姿を見続ける二人の顔を見回した。


「悪いけど、俺、無理っすよ」


 カンさんは眉間に皺をよせながらそう言うと、突然両腕を伸ばし、晴人の腕から潮香を奪い取ると、そのまま両手で抱きかかえて自分の胸元に引き寄せた。


「な、何だお前は。一体どういうつもりだ!」


 晴人は一階のフロア全体に響き渡るかのような声で叫び散らした。しかしカンさんは表情を変えず、鼻で笑いながら答えた。


「どういうつもりって……俺は単純に、住吉さんを守りたいだけっすよ」

「はあ?」

「住吉さんに嫌がらせする奴は、どこの誰であろうが許せない。それだけです」


 カンさんはそう言うと、息を切らしながら声を荒げる晴人をまるで見下すかのように、不敵な笑みを浮かべていた。

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