13話 聖女の資格
この朽ちた教会に残っている者は、ローランとマーシーのみ。森の奥に潜んでいた、増援となるはずだった者たちも、すでに協力者たちによって駆逐された。話をする時間は十分にあった。
ローランが静かに佇んでいると、マーシーが笑いだす。
「いやー、あっはっはっはっ。勘違いじゃないかなー」
「来る前に神殿へ立ち寄った。そこに聖女ミゼリコルドはいたが、その振る舞いはどこかラフマ・ヴェールに近いものだった。誘拐されたのはラフマ・ヴェールだと言われていたが、ミゼリコルドであろうと予測することは容易い」
「それだけじゃ、神殿にいるのがミゼリコルドじゃないとは言えないでしょ?」
喉に触れながら話すマーシーに、ローランは首を横に振る。
「癖のある髪と、癖のない髪。それはどうとでもできる問題だ。一番の違いは、今の君もやっている喉や首元に触れる仕草にある。隠せないものというものはあるものだ」
慌てて喉から手を離したマーシーは、深く息を吐いた。
「そっか、喉に触れてたせいだったんだ。自分でも気づいてなかったなー」
最早、誤魔化せぬと察したのだろう。立ち上がったマーシーは、服の汚れを払い、真っ直ぐにローランを見た。
「お察しの通り、ボクがミゼリコルド・ヴェールでーす」
どこかふざけた口調であったが、ローランの問い詰めるような目に耐えきれなくなったのか、マーシーは両手を上げた。
「分かった、話すから。それでいいでしょ」
ローランはただ頷く。なぜ、このようなことをしていたのか。自分と同じ替え玉だったのか。疑問はいくつもあった。
マーシーは頭を掻いた後、両手を開いて話し始める。
「ボクは偽者の聖女。ラフマが本物の聖女。ボクが聖女と呼ばれるようになったのは、ラフマより才能をひけらかすのが好きなお調子者だったからかな。……ラフマはいい子なんだよね。ボクが利用されたり、邪魔者として扱われるのを嫌がって、自分が本物だという事実を隠すことにしたみたい」
「……聖女が2人いても問題はないのでは?」
「融和教会ってやつも一枚岩じゃないからさ。2人も聖女がいると、それだけで揉める種になるんだよね。ボクが打ち明ければ良かっただけなんだけどさ。ラフマが聖女になりたがっていないことに気づいていたから、色々と機会を失っちゃった」
マーシーはラフマより先に才能を見出された。そして聖女として扱われるようになった。
ラフマは自身が聖女であると気づいていたが、聖女として扱われたくなかった。
そんなラフマ《妹》を守りたいという気持ちがマーシーにはあったのだろう。どうにもできぬまま、今の状態となってしまったということらしい。
「では、なぜそれを元の形に戻そうと? 別に、君が聖女として生き続けても良かったはずだ」
「なんだ、そこには気づいていなかったんだ。ボクとラフマの力は、今のところ大きな差はないんだよね。でも、聖女はラフマだよ。どうしてだと思う?」
なぜラフマが本物で、マーシーが偽者か。聖女を続けられくなった理由とはなにか。
ニヤニヤと笑うマーシーに見られながら、ローランはしばし考え込む。
だが答えは出ず、眉をひそめながら首を横に振った。
「分からないってことは、ボクはうまくやってたんだね。いくつかヒントを上げようかな。ボクはラフマより身長が高い。喉に触れていたのは声を意識する必要があったから。どう?」
与えられたヒントから導き出された答えは一つである。
それに気づいたローランは目を見開き、マーシーはニッカリと笑った。
「聖女は聖女しかなれないんだよ。男がなったら、それは聖女じゃないでしょ?」
マーシーが聖女を正しき人物へ戻すのを焦った理由は、自身が子供から男性としての体格へ変わっていき、声にも変化が現れる年頃となったことに気づいたからだ。
いずれその時が来ると分かっていながらギリギリまで耐えていたのは、ラフマに少しでも時間を作ってあげたいという、兄らしく、家族らしい考えから来ているものだった。
まだどこか驚きを隠せぬままローランは聞く。
「しかし、それでは神殿に戻った後はどうする? いや、今回の件を利用して姿を消すつもりだったのか?」
「大正解。聖女を狙っている輩がいるって情報は知ってたからさ。誘拐された後に逃げ出して、どっかを旅するつもりだったんだよね。神殿で男なのがバレちゃったら、余計なことになるのが分かってたからさー」
マーシーは軽い口調で言っているが、都合よく逃げられるはずなどはない。聖女を味見しようという者が現われれば、男だということもバレていただろう。先にあるのは、死か暗い未来だけだと、マーシーは気づいた上でこの選択を取っていた。
では、もしマーシーが聖女のまま過ごし、男だとバレていたらどうなっていたか。
事実を知らなかった融和教会の一部は、マーシーに責任を負わせただろう。トカゲの尻尾切りだ。
そして、ラフマはそれを理由に利用されていただろう。融和教会が一枚岩ではないということは、内部で権力闘争が起きているということなのだから。
マーシーは乾いた笑いを浮かべながらローランに言った。
「だから、送り届けなくていいよ。ボクはこのまま行くからさ。……あー、でもラフマは怒ると思うんだよね。無事だってことだけ伝えておいてくれない?」
今、この状況は、マーシーにとっては本来向かえていた未来よりも、少しだけ良くなった未来。ただし、その存在や力を隠していく以上、12歳の子供が楽に生きていける未来には繋がらない。
それでも必死に足掻こうと、笑顔を見せる少年へ、ローランはスッと手を差し出した。
「共に行こう。どうせ似た者同士だ」
利用価値があるからではない。不憫だと思ったからでもない。ただ、自分と同じ偽者とならば、同じ道を進めるかもしれない。
ローランの胸には、そんな想いがあった。
その言葉は、12歳の少年にとっては救いだっただろう。
マーシーは視界が滲んだのに気づき、慌てて袖で拭う。
それから、差し出された手を取った。
「救われた命だし、おにいさんに預けるのも悪くないかな。これからよろしくね」
マーシーはどこか安心した表情を見せながら、ニッカリと笑った。
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