11話 消えたマーシー

 あれから数度依頼を受け、マーシーとの関係性は深まっている。

 共に街を散策するだけでなく、外で出くわした弱い魔獣を倒したりもした。

 歳の離れた兄と過ごすような時間をマーシーは楽しんでいたが、ローランは次の段階への移行を望んでいた。自身の仲間としてともに旅立つことをだ。


 しかし、その切っ掛けが掴めない。無理やり連れだせば教会を敵に回してしまうだろう。

 それとなく旅の話をしたが、マーシーは羨ましがるような態度を見せるだけで、自分も行きたいなどということは決して口にしなかった。


 今日はマーシーからの依頼が無いため、ローランは神殿を訪れていた。

 前と同じように礼拝を済ませれば、上の階から聖女たちを見下ろす。もちろん、ラフマ・ヴェールを観察することが目的だ。

 その視線に気づいたラフマは、微笑むことすらせず、興味が無さそうに目を逸らす。マーシーとしての自分と、ラフマとしての自分は別だということだ。

 聖女であるミゼリコルドは、対照的に笑顔を崩さず人々の話に応えている。ローランのように見ている人も多く、見られることに慣れているのだろう。目を向けてくることは無かった。


 マーシーからの依頼が無い日、ローランは人気の無い依頼を率先して受ける。それが勇者らしい行動だと考えてのことだ。

 神殿都市カムプラに来てから、冒険者としての活動は順調だ。今は最低の六等級だが、続けていれば五等級級に上がる日も近い。

 しかし、足止めを食らっている現状に焦りも感じ始めていた。



 ある日のことだ。

 先日依頼をしてきたマーシーが時間になっても姿を見せず、ローランは神殿へと向かうことにした。

 彼女は聖女の双子の妹。聖女ほどではないが忙しく、突然来られなくなることだってあるだろう。

 姿を確認しておくかと、定位置となっている礼拝堂を見下ろせる場所でローランは足を止める。

 取り囲まれている青く癖のない髪に穏やかな笑みを称えた聖女ミゼリコルドと、数人の修道女はすぐに見つかった。だが、ラフマの姿が無い。


「体調でも崩したのか?」


 ローランが首を傾げていると、チラリとミゼリコルドがこちらを見て、興味無さそうに

 その違和感ある行動をローランは見逃さなかった。

 ミゼリコルドは見られ慣れており、その視線を気にすることはない。では、それに気づいて目を逸らしたのは誰だったか。

 ローランは足早にその場から離れる。近くにいた新米らしき修道女を捕まえ、彼女に問うた。


「ラフマ・ヴェールは休みですか」

「え? えっと、あの……」


 目が泳いでいる。なにかしらの事情を知っているようだ。話さないのは口止めされるような事態だからだろう。

 必要な情報は得られたと、ローランは短く礼を告げ、その場を後にした。


 街に出たローランは、人けの少ない裏路地の前で足を止め、考えをまとめ始める。

 約束の時間に姿を見せなかった。神殿にもいなかった。恐らく箝口令が敷かれていた。


 探し出すべきかと思ったのだが、ふとある考えが浮かぶ。

 別に、次の人材に当たればいいだけではないか。ここで時間を浪費する必要は無い。効率を考えれば、ここで聖女にこだわるべきではなかった。


 ローランの考えは正しい。彼女がなにかしらの事件に巻き込まれていようとも、彼の旅には関係が無い。限られた時間を割くべきではない。

 しかし、ローランは1つ息を吐き、彼女を探し出すことを決めた。理由は簡単なもので、勇者ならばそうすべきだと考えたからだ。


 考えがまとまったところで、体に誰かがぶつかって来る。振り向くと、そこには酔っ払いがおり、転んで尻をついていた。

 ローランが手を伸ばすと、酔っ払いが小声で言う。


「何かお困りですか」


 協力者だ。人けのないところで待てば接触してくるという運びになっていたのだが、彼らは正しく約束を守ってくれていた。

 ローランも小声で聞く。


「ラフマ・ヴェールの現状が知りたい」

「何者かに攫われたと神殿内で話されていました。現在、街中を捜索中です」


 彼らはローランと違い、人探しのプロも組み込まれている。ならば、街中は任せればいい。


「俺は外へ出る。1つだけ心当たりがあってな」

「何人かつけておきます。いざとなれば合図を」

「感謝する」


 礼を告げ、ローランは足早に街の外へ向かった。

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