10話 思わぬ出会い

 この旅が始まってから、ローランは「勇者ローラン」を演じているため、朗らかな笑顔を作り、丁寧な口調を心掛けている。

 その甲斐あってか、余計ないざこざに巻き込まれることもなく、荒々しい冒険者たちの集まる冒険者ギルド内に入っても、特に絡まれたりすることは無かった。


 ローランは、ラフマと接触する方法を考えながら、依頼の張られた掲示板を見る。

 恐らく、真の勇者であれば接触する方法を考えたりはしない。運命が導いてくれるからだ。

 しかし、ローランは替え玉。自分から動いて、切っ掛けを作らねばならない。それだけならばまだ良いのだが、目的があって接触して来たと思わせてはならないことが、彼の悩みを深くしていた。


 勇者としての活動を行いつつ、自然にラフマと出会う方法。

 簡単に良い案が浮かぶはずもなく、ローランは顔こそ微笑んでいたが、心中では顔を顰めていた。

 このまま無為に時間を消費するのならば、パラネスたちに段取りを組んでもらい、計画的に接触したほうが良いのかもしれない。


 ローランがそんなことを考えながら依頼の1つに手を伸ばそうとしたところで、トントンと肩が叩かれた。

 すぐ後ろには、フードで顔を隠し、顔の下半分しか見えていない、小さなリュックを背負った人物。髪も見えないところから、後ろでまとめているのか、魔法で隠蔽されているのだろう。

 小柄で細身なことからして少年か少女。年齢もローランとそこまで離れていなさそうだ。

 謎の人物は喉に触れながら、少女らしき高い声で明るく話し始めた。


「やっほー。おにいさん、依頼受けるところ? いい依頼あるんだよねー!」


 ローランは困惑しながらも、苦笑いを作って答える。


「え、っと。どの依頼かな?」


 掲示板を指さされると、少女は「あっ」と小さく声を上げ、カウンターへと走って行った。

 しばし待つと、ギルド員を引き連れて少女が戻って来る。


「あの、指名依頼をお願いしたいということですが、どういたしますか?」


 少女の口元がニッカリと笑う。

 ローランは断りたかったが、勇者ならばこの明らかに怪しい依頼をどうするのかと考えれば、引き受けないわけにはいかなかった。



 少女の依頼内容は、街の中と、街の近辺の案内。

 簡単すぎる内容に対して、報酬は通常の倍とまではいかないが高額だった。

 ウキウキと軽い足取りで、ローランの手を少女は引く。


「神殿は知ってるから、他の場所を周ってから外に出る予定ねっ」

「……まず、自己紹介をしないかい? 俺の名前はローラン。君は?」

「あー……。マーシー!」


 妙なためがあったことからして偽名だろう。

 そのことにはローランも気づいていたが、呼ぶのに困らなければ良いと目を瞑った。


 自称マーシーと共に街の中を歩いて回る。

 ローランもまだ詳しくないため、立地を理解できるので都合は良い。


「君は、最近カムプラに来たのかい?」

「うん、そうそう。結構最近かなー」


 嘘臭いが、答えるつもりがないということは察せる。

 聞き出さなければいけない理由もないため、ローランは引かれるままに散策を続けた。


 いくつかの店屋で物色し、昼食を食べ、観光スポットを見て、少し治安の悪そうな場所は避ける。

 そんなどうということもない散歩を数時間した後に、2人は街の外へと出た。

 街からの移動は1時間弱。

 森の中を少し進んだ先に、まるで隠されているかのような、すでに使われていない朽ちた教会らしき建物があった。


「ここは?」


 ローランの問いに、少女は喉に触れながら答える。癖なのだろうか。


「神殿都市ができる前は、この教会が使われてたんだってさ。でもまぁ、今では使われていないし、忘れられちゃった場所かなー。人けもないし、とかが使ってそうだよね」


 マーシーは最近、街を訪れたと言っていたが、なぜこの朽ちた教会について知っているのか。僅かな興味はあったが、そのことを口にせず、ローランは沈黙を貫いた。

 喉を撫でながら、先ほどまでとは違う空気を醸し出しつつ、ポツリとマーシーは言う。


「ちゃんと忘れてもらうためにはどうすればいいのかな」

「形が残っているうちは誰も忘れないさ。それが失われ、長い年月が経てば忘れられていくだろう」

「……へぇー。口調がちょっと変わったけど、おにいさんってそれが素? そっちのがいいじゃん」


 ニッカリと笑うマーシーとは違い、ハッとした表情でローランは口元に手を当てる。

 街を回っていたときとはどこか違うマーシーの雰囲気に流され、自然な口調で答えてしまっていたことに気づいたからだ。

 自分を偽ることに慣れているローランにしては珍しい失敗。疲れや環境の変化がもたらしたものかもしれないと、僅かに気を引き締め直した。


 森を出た2人は、小高い丘の上から神殿都市カムプラを見る。白い街並みは、茜色の空に染められていた。


「うわー、きれー!」


 嬉しそうにクルクルと回っていたマーシーは、ピタリと足を止める。そしてどこか憂いのある表情で、街並みを真っ直ぐに見ていた。

 顔の下半分しか見えていないのに感情が伝わるのは、口の動きだけで分かるほどに感情表現が豊かなのだろう。

 どこか悲し気な空気を感じ取ったローランは、勇者ならば笑わせてやるべきだろうと考え、鞄から小さな瓶を取り出した。


「それなに?」

「見ていれば分かるよ」


 瓶の蓋を開け、中身をひっくり返す。液体は地面に落ちず、ローランの魔力に従い、球体となって浮かび上がった。

 それを手の一部にまとわりつかせ、指で輪を作る。ローランが顔を近づけて息を吹きかけると、シャボン玉が宙に舞い始めた。


「わぁ……」


 感嘆の声を上げるマーシーに、ローランはクスリと笑いを作る。


「もっと綺麗になっただろ? 思い出はどれだけ綺麗でもいいと思うんだ」


 ローランはさらに息を吹く。茜色の空に、無数のシャボン玉が舞う。

 マーシーは笑顔のまま、それが遠くへ流れていくのを見続けていた。

 ヒュゥッと少し強い風が吹く。シャボン玉のいくつかが割れ、マーシーはフードを押さえていたが、一瞬だけ左目と、髪先が露になった。

 すぐにそれは隠されたが、ローランはハッキリと目にした。


 ――緑色の瞳、癖のある青い髪。


 ローランは思わぬ収穫を得たことに喜びながら、マーシーを連れ街へと戻った。



 冒険者ギルドの前で、2人は足を止める。

 マーシーはクルリと背を向けた後、顔だけをこちらに覗かせ、喉に触れながら言う。


「楽しかったから、次もおにいさんに頼もうかな。ただし、口調は素のやつでお願いね。それができないなら依頼しませーん!」

「……分かった。次もよろしく頼む」


 ローランは少し迷ったが、その要求を飲んだ。

 マーシーこと、ラフマ・ヴェールとの繋がりを得られるのであれば、それは安い要求だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る