第一章 新たな目標
5話 自由と責任
王都から近い道は整備がされており、石畳が敷かれている。
ローランは、その上を歩き、北へと向かっていた。
家を追い出される際、ローランに持ち出しが許された物は動きやすい服が一着のみ。
これは、どうせすぐに戻って来て頭を下げるだろうと考えてのことだったが、もちろんローランにそんな考えはなかった。
同情した使用人が深緑色のフード付きのマントを渡してくれたが、それ以外は何もない。
剣どころか、金もない、食料も。それが、今のローランの現状だ。
人が往来する道ということもあって、すれ違う人は多い。チラリとローランを見る人も多かったが、すぐに目を逸らしていた。
理由は、ローランの顔が険しいからだ。
別に誰かを威嚇しようとしているわけではない。まだ完治しておらず、回復魔法を使用しながら歩いている状態で、ひどく傷が痛んでいるために顔を顰めていた。
しかし、そんな事情を知らない人は、当然のように彼を避ける。危険かもしれないと分かりながら、首を突っ込もうと考える人はいなかった。
日が沈み、夜が訪れる。街道の脇で焚火を起こし、痛む傷口に手を当てながら、ローランは息を吐く。
自由を得た代償は責任。
食料も無く、空いた腹すら満たせないため、魔法で水球を出し、口を着けて少しずつ飲みこんだ。
ローランは途中で拾った手ごろな石を2つ取り出し、ガンガンとぶつけて砕く。不格好な石のナイフは、彼にとって身を守るための唯一の道具だ。
作業を終えれば横になり、空を眺める。まだ王都から1日ほどしか離れていないのに、星はいつもより鮮やかに輝いて見えた。
夜という恐ろしい闇。どこか透き通って感じられる冷たい空気。体を緊張させる木々の擦れる音。静かな中に響く虫の鳴き声。
ローランが自分は一人なのだということを再認識していると、ガサリと物音が聞こえた。
起き上がり、石のナイフを構える。物音の先は暗闇。火の点いた木を片手に、物音がした方へ近づいた。
そこにあったのは1つの袋。誰かの落とし物にしか見えないそれを、警戒しながらローランは開く。
中には、食料や旅に用立てられるいくつかの道具、そしてお金が入っていた。
袋を手に焚火へと戻り、手近なところへ置く。しかし、中身を取り出すような動きは取らなかった。
口元に手を当て考えていたローランは、枯れ枝を焚火へ放り込み、1つ頷く。
「なにか話でもあるのか?」
声を掛けられ、暗闇の中から赤茶色の髪をした少女、アリーヌ・アルヌールが申し訳なさそうな顔で姿を現した。
彼女は躊躇いながらも、焚火の近くで腰を下ろす。
「えっと、どうして分かったの?」
「今の俺を助けようとする人間など、君以外に存在しないからな」
「そんなことは……」
「ある」
断言されてしまい、アリーヌは口を噤む。
ローランは気にした素振りも見せず、彼女を見た。
「それで用件は?」
「2つ、話があって」
「聞こう。どうせ時間はある」
アリーヌは事前に決めていた内容を口にする。
「準騎士に選ばれたのに、どうして退学したの? それに、わたしにもなにも教えてくれなかったし……」
「ただ流されて騎士へなることに疑問を覚えたからだ。君に教えなかったのは、別に教える必要を感じなかったからだ」
大した仲でもないと暗に言われてしまい、アリーヌは胸をキュッと締め付けられながら続きを口にする。
「……もったいないよ。ローランのことを学院は高く評価しているし、戻って来てほしいとも言ってたからさ」
「連れ戻すように言われたのか」
「才能ある若者を手放したくないって」
「利用価値を見出した者がいたということか」
先を見据えて戦力を手放したくないと考えたのか、政治的な意味合いがあったのか。そのどちらかだろうと、ローランは当たりをつけている。
だがそれを聞いたアリーヌは、しょんぼりと肩を落としていた。
「学院はそうかもしれないけど、わたしはローランと一緒に騎士を目指したかったから追って来たんだよ」
「俺はもう騎士を目指すつもりがない。君も自分がやるべきことをやれ」
すぐに帰れと言わんばかりの拒絶にも、アリーヌはめげずに口を開く。
「これからどうするの?」
「辺境を見たいと考えている。そのために冒険者へなるつもりだ」
「冒険者に? でも、それには準備が足りていないと思う」
「準備が足りていないのではない。そもそも用立てられるものがないだけだ」
事情を知らないアリーヌは目を瞬かせた。
「ローランは貴族でしょ? お金ならあるよね?」
「学院を退学したこともあり、家は絶縁された」
アリーヌの想定よりもひどい状況だったのだろう。あんぐりと口を開いたまま固まっている。
しかし、その理由を考えているうちに気づいてしまったのか、キュッと服の裾を握った。
「もしかして、わたしのせいとか?」
「勘違いしないでもらいたいが、君が責任を感じるようなことは1つもない。全ては俺の未熟さが招いたことだ」
ローランの言葉に偽りはない。彼は本気で、全て自分の未熟が原因だと考えている。もっと強ければ、こんな事態にはなっていなかった。今でも勇者を目指しているフリをしながら、つまらない学院生活を送っていたはずだと。
聞いたアリーヌはクスリと笑う。
「ローランは強いね」
「弱いからこうなった」
「ううん、心がとっても強いよ」
ローランは訝し気な顔を見せたが、それ以上はなにも言わなかった。勝手にそう思っていればいいと考えたのかもしれない。
自分の足を腕で抱えながら、アリーヌは言う。
「それ、使っていいからね」
「施しは受けない」
なんとも彼らしい言い方だと、アリーヌは少し呆れ、口を尖らせて言った。
「頑固だなぁ。じゃあ、友達からの贈り物ならいいでしょ?」
「俺と君は友達じゃない」
「えっ」
アリーヌは、ガンッと槌で殴られたように頭をクラクラとさせる。
「嫌いなやつと友達であるはずがない」
追撃まで食らい、アリーヌは若干泣きそうな顔になりながら言う。
「でもでも、そのままじゃ次の街まで辿り着くこともできないでしょ?」
「……」
無言は肯定の現れでもある。それが事実であることは分かっており、ローランは眉根を寄せ、ムッとした表情で固まっていた。
しばしの沈黙。ローランが口を開く。
「君は、騎士を目指すのだろ。帰らなくていいのか」
「準騎士になって休暇をもらったんだよね。ついでに、ローランを連れ戻す任ももらったけどね」
「なら数日は付きまとうということか」
「うぅ……言い方って大事だと思うんだけど……」
ローランは深くため息を吐いた後、袋を開き、干し肉を齧り始めた。
「借りはいずれ返す。ほら、食べろよ。利子にはちょうどいいだろ」
アリーヌが答えるより先に、ローランは干し肉をもう1枚取り出して渡す。
彼は、この袋の中身は全て借りだと考えているし、稼げるようになったら金銭で返すつもりでもある。もちろん、アリーヌに渡した干し肉も、彼の中では自分が返す分に含まれていた。
自分のほうが困窮しているにも関わらず、その食料を他の人に分けることができる。ローランの根が優しいことの証明であり、アリーヌはもちろんそういった部分にも気づいていた。
モソモソと干し肉を齧りながら、アリーヌは言う。
「ローランってズルいよね。そうやって女を口説いているんでしょ」
「そんなことはしたことがない。婚約者がいるのに女を口説けば悪評が立つ」
「こ、婚約者がいるの!?」
「もういない。婚約は破棄され、今では弟の婚約者になっているはずだ」
淡々と言われ、驚きを隠せぬまま聞く。
「好きだった?」
「政略結婚だ。好きも嫌いもない」
「で、でも綺麗な人ではあったんでしょ?」
「それの答えも同じだ。綺麗であろうとも、そうでなくとも、違いはない」
ローランの元婚約者は、深層の令嬢という言葉が良く似合う美しい人だった。
家格が上の彼女が婚約を受けたのは、事前にローランをよく調査したからだ。
誰にでも優しく、才能に溢れ、顔まで良い。クローゼー家の黒い噂を知ってなお、ローランならばと受けたのだ。
弟と婚約したと思っているが、それも勘違いである。次男との婚約を断られたことは、クローゼー家がローランを絶縁した理由の1つでもあった。
しかし、そういった事情を全て知っていたとしても、ローランの考えは変わらなかっただろう。彼にとってはあくまで政略結婚であり、今は全て終わった話だった。
どこかモヤモヤとした感情を隠せぬまま、アリーヌは聞いた。
「ローランって女性にあまり興味が無い気がする」
「興味はある。もう婚約者もおらず、家も絶縁されている。誰とどうなっても口を出されることもない。年頃の男が女を抱きたいと思うのは、自然なことだろう」
その言葉を聞き、アリーヌは自分の腕を撫でた。
「もしかして、今のわたしって危なかったり、しちゃう?」
「嫌いな女に手を出すと思うか?」
「う、うぐぐ……」
決して手を出されたいわけではないが、冷たい目で見られるのもそれはそれで違う。
アリーヌは釈然としない気持ちのまま、小さな鍋に魔法で水を注ぎ、調味料を殴るような勢いでぶち込んだ。
それを見たローランは、変な女だと思いながら、固いパンを水の中に浸した。
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