6話 深手を負った勇者の囮役

 数日後。王都から最も近い街へ辿り着いたローランは焦っていた。

 今、彼は金が無い。それだけでなく、同行しているアリーヌにもらった金を浪費しているため、借金も増え続けている。

 ローランは貸しを作ることは好きだが、借りを作ることは嫌いだ。ヒモ同然な日々を送っていることに、彼は多大なストレスを覚えていた。


 子爵家の長子であったローランは、まともに金を稼いだことがない。

 実入りの良い仕事がないかと聞いて回るが、見つかるはずもない。そんなものがあれば他の人が引き受けている。

 今の彼に受けられるのは、実入りの悪い、対価として汗水を垂らす仕事なのだが、当然のように理解できていなかった。


 移動をしながら、次を探そうと笑顔で言うアリーヌを見て、ローランは眉根を寄せる。


「もういいだろう。金を借りているため従っていたが、やはり冒険者になる以外の方法は無い」


 当初から冒険者になることを決めていたローランを引き留めていたのはアリーヌである。そこになにかしらの事情があると判断していたが、無駄な時間を過ごすことに限界を来したようだ。

 アリーヌはどうにか誤魔化そうとしていたが、もうそれも無理だと分かったのだろう。真剣な表情でローランを見た。


「冒険者としての活動も、最初の内は楽しいと思う。でも強くなりたければ、より厳しい場所で、より多くを殺さなければならない。それは時として、人を殺すことも含まれているのは分かってる?」


 そんな道を歩ませたくないと心配するアリーヌに、ローランは平然とした顔で答えた。


「騎士だって同じことだ。いや、騎士のほうが悪い。命令があれば、殺したくなくとも殺さなければならない。冒険者のように、受けないという選択を取れないからな」

「本当の騎士は、そんなことはしないから」

「夢を見るのはやめろ。俺よりも君のほうがよく分かっているはずだ」

「わかんない。それに、もしそうだとしても、わたしが変えるから」


 強い瞳で答えたアリーヌは、なにかを思い出したかのように小さく頷いた。


「もう騎士になる気は本当にないの?」

「あぁ、そうだ。俺は騎士にならない」


 自分のやるべきことを思い出したのだろう。

 アリーヌは別れの言葉を口にした。


「じゃあ、戻るね。人には役目や成さなければならないことがある。わたしにも、成さなければいけないことがあるからさ」


 アリーヌは、ここに残りたいという気持ちを振り払い、強い目で真っ直ぐにローランを見た。

 ローランにはそれがない。役目も、成さなければならないことも。

 まだ見つけられていないだけかもしれないが、どこか羨むような目をアリーヌに向けていた。

 しかし、すでに決めている者の眩しさに耐えられなくなったかのように目を逸らす。


「世話になったな」


 ローランは、自分もとりあえず予定通りに動こうと、冒険者登録を行うべく移動を始める。

 だが、マントをアリーヌに掴まれた。


「て、手紙。手紙送ってもいい?」


 少し考えた後、ローランは頷く。


「いや、手紙はこちらから送ろう」

「えっ!?」


 想定外の言葉に驚くアリーヌ。

 ローランは、その理由を口にする。


「借金がある以上、経過の報告を行う義務があるからな」

「あ、うん。そうだよね。そうだと思った……」


 ガックリとしていたアリーヌは、腰元の剣を鞘ごと抜き去り、ローランへ差し出した。


「良ければこれ使って」

「必要無い。予備の剣を渡し、不覚を取られても困るからな」


 断られてもなお、アリーヌは剣を差し出し続ける。

 頑なな態度を見て、空気を読んだローランは諦めるように剣を受け取った。

 そして、1つの提案をする。


「……来年、君たちは長期演習に出る。一年間の、遠方での演習だ」

「うん、そうだね。それがどうかしたの?」

「そのときに剣を返す。それでいいな?」


 思わぬ再会の約束に、アリーヌは顔を綻ばせた。



 アリーヌを見送った後、ローランは冒険者登録をすべく歩き始める。

 だがその途中で、前を2人組に塞がれた。

 老人は、礼儀作法を教え込まれているであろう立ち振る舞いにも関わらず、敢えて安い服を着ているような、チグハグな感じを受ける。

 すぐ後ろに立つ男はよく鍛えられており、明らかにローランよりも実力が上の相手だと分かる相手だった。

 訝し気に思っていると、老人が口を開く。


「ローラン・ル・クローゼー様ですね。少しお話をする時間をいただけませんでしょうか」

「クローゼー家には絶縁された。今の俺は、ただのローランだ」

「もちろん存じ上げております」


 下手したてに出る老人の態度は変わらず、不思議に思いながらローランは聞く。


「……断ったらどうなる?」


 当然の疑問に対し、老人はただ深々と頭を下げた。


「どうか、少しだけで構いません。何卒」


 今や子爵の長子でもないローランに、こういった態度を取る相手はいない。

 混み入った事情があると理解したのだろう。ローランは胸に手を当て、小さく頭を下げた。


「先ほどまでの失礼な態度を謝罪いたします。良ければお話をお聞かせ願えますでしょうか」


 安堵の表情を浮かべた老人は、目的地へ向けローランを案内し始めた。



 ローランは街はずれの古宿へと連れて来られていた。

 一階は酒場のようだが、日中から賑わっている。奥には二階へ続く階段があり、そこから上は宿として使われているという、よく見る造りだった。

 真っ直ぐに階段へ向かう老人の後に続いていたのだが、後方から視線を感じたような気がしてローランは振り向く。だが特に異変は無く、小さく首を傾げた。


 誰も見ていない。賑わいも変わらない。客は先ほどと同じように、ただ楽しんでいるだけだった。

 そう見えてしまうのも仕方ないだろう。一階にいる彼らは、熟練の騎士であり冒険者である。まだ若く、実力も足りていないローランに、完全に気づかせるようなことはしない。

 大半の人が飲んでいるのは酒ではなく水なことも、武器を隠し持っていることも、ローランを警戒していることも、今の彼にはまだ見抜けない。両者の間には、視線に気づいただけでも勘が良いと褒めてやりたいくらいの実力差があった。


 階段を登り切った後、数人がたむろしている廊下を抜け、一番奥の部屋へと通される。


 中には、1人の青年が眠っていた。


 金色の髪。柔らかな顔立ち。どこか、ローランに似た顔立ちを青年はしている。

 胸元には淡い光を放つ痣。

 その痣からローランは目を離せず、注視していた。

 老人に言われ、部屋の中で警護を行っていた2人が廊下に出る。室内には、ローランと老人、そして老人と同行していた男の3人だけとなった。

 状況を理解できず、ローランが聞く。


「彼は、まさか……」

「エリオット・ローラン。神託を授かりしです」


 その言葉を聞き、ローランは目を見開く。同時に、やはりそうかと事情をある程度察してもいた。

 一階にいた客に扮した人々。廊下でたむろしていた数人。全てが、彼を警護する人員だ。

 いまだ、勇者が現われたことは公にはなっていない。だがこの状況が、彼を本物の勇者だと証明していた。


 驚くローランを連れ、老人は向かいの部屋へ移動する。

 落ち着くのを待つためだろう。しばし沈黙した後、老人は口を開いた。


「旅を始めたばかりのところで、運悪く魔族と遭遇してしまい、深手を負われてしまいました。完治までは数ヶ月を要します」


 これは、功を焦った魔族が先走った結果であり、まだ魔族たちには勇者が出現したことは気づかれていない。

 だが、勇者らしき者を発見し、深手を負わせたという小さな噂は流れている。噂の確証が取れれば、彼らは大軍を率いるだろう。勇者がいなければ、魔王が死ぬことはないのだから。


 しかし、そこで別の勇者らしき人物が確認されればどうか。彼らは判断に迷うだろう。気を取られ、真の勇者に気づけないかもしれない。

 つまり、これは攪乱作戦だ。老人は勇者の替え玉を、完治までの囮をローランに頼んでいた。申し訳なさそうな顔をしていたのも当然だ。替え玉を引き受けることは、死と同義でもあった。

 だがローランは躊躇うことなく、粛々と告げた。


「お引き受けします。代わりにいくつか頼みごとをさせていただいでもよろしいでしょうか?」

「おぉ……ありがとうございます。なんなりとお申し付けください」


 老人は感謝の言葉を述べていたが、そこでずっと沈黙を保っていた男が会話へ割って入った。


「お待ちください。無理難題を押し付け、断るつもりかもしれません。要求した物を手に、逃げ出す可能性もあります。なぜ引き受けたのか。まずはその理由をお聞かせ願いたい」


 男の疑問へ、ローランは考える素振りすら見せずにすぐ答えた。


「この世界に生きる者の責務であると判断したからです」


 ローランは勇者になれと育てられたが、自分がそうなるとは思っていない。

 しかし、当然の如く勇者というものについて、他の人よりも深く調べたことがあった。

 勇者とその手にある聖剣だけが魔王を討つことを可能にする。もし勇者が死ねば、人類は敗北する。

 自分の命よりも優先されること。それを理解しているからこそ、ローランは躊躇うことなく引き受けたのだ。


 ローランに嘘がないと気づいたのだろう。男は自分の言葉を恥じ、片膝を着き、頭を垂れた。

 なんと素晴らしい少年だ。この場にいる2人はそう勘違いしていたが、実際は違う。

 ローランは、自分の命に価値を感じておらず、この先になにを成すかも定まっていない。

 勇者の替え玉という役目を与えられたことに感謝していたのは、むしろローランのほうだった。

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