閑話 アリーヌ・アルヌールの道程
アリーヌ・アルヌールは辺境の出身だ。金の無い村で冒険者を雇うこともできず、騎士が来る前に村は滅んだという、この世界ではそれなりに聞く話を過去に抱えている。
生まれ育った場所を失い、貧しい孤児院に押し込まれれば、将来の選択肢は多くない。
犯罪に手を染めるか、体を売るか、強くなるか、死ぬかだ。
犯罪に手を染めれば大人に利用される。体を売ればいつか身を崩す。強くなろうと思えばその前に死ぬ可能性が高い。なにもしなければただ死ぬ。
多くの孤児は強くなる道を、冒険者を選んだ。どうせこのままでも死ぬのならば、同じ境遇から成り上がった者が多い、まだ孤児を育てたいという意思の強い冒険者という仕事を選ぶのは、不思議なことではなかった。
アリーヌ・アルヌールが冒険者になったのは10歳のとき。運良くまともな冒険者の指導を受けられたことで、彼女は生き残れた1~2割に入ることができた。
もちろん才能があったことも事実だが、開花する前に死ななかったことは、殺されなかったことは、利用されなかったのは運が良かったとしか言えない。
めきめきと頭角を現していった彼女は、孤児院にお金を入れることで、より多くの孤児を救うことができるようになった。
しかし、そんな生活を数年続けている内に、あることに気づいてしまう。
それは、辺境のほうが襲われる可能性が高いにもかかわらず、騎士の助けを得られる機会が圧倒的に少ないということだった。
その赤茶の髪が魔力を解放すると炎のように見えることから、《紅炎》の二つ名で呼ばれるようになり、世界に100人しかいない一等級冒険者となったときに、彼女はその全てを捨て、騎士となることを決めた。
より多くの人を救うためには、騎士を増やし、派遣してもらわなければならない。
きっとうまくいくはずだ。自分が変えてみせると、まだ15歳の少女は何の疑いも持っていなかった。
王都に辿り着き、手続きを済ませ、試験を受けていたアリーヌは途方に暮れていた。
用意されると言われていた筆記用具が渡されず、ただ答案用紙を睨むことしかできなくなっていたからだ。
もちろん、試験官には訴えた。しかし、退けられた。平民の合格者を出したくないという、悪しき試験官に頼んでしまったことは、彼女にとって運の悪いことだった。
筆記試験を苦手としている彼女は、この日のために必死に学んできた。しかし、その成果を出すことはできない。いくら他の試験で良い点数を取っていたとしても、このままでは不合格になることは確定だった。
頭を抱えているアリーヌの隣に座っていた、金髪碧眼の整った顔立ちをした少年が立ち上がる。まだ試験時間は半分も過ぎていないのに、もう試験を終わらせたようだ。
少年は無言のまま、答案を睨みつけているアリーヌの近くに、自分の使っていた筆記用具を寄せる。そして答案用紙を提出し、教室を後にした。
王都に来てから、アリーヌは嫌な思いばかりをしている。そんな中で初めてされた親切心に、彼女の胸は僅かに高鳴った。
借り受けた筆記用具を使用し、どうにか空白を埋める。そこで試験時間は終了となった。
どうにか試験を終えたアリーヌは、教室を飛び出し、少年を探し始める。
しかし、少年はすでに帰宅しており、その姿を見つけ出すことはできなかった。
この少年と再会を果たしたのは入学式の日。
平民だと蔑む貴族たちから、彼はまたアリーヌを助けてくれた。さらに胸は高鳴り、頬は朱に染まった。
翌日。高鳴る胸を抑えながらアリーヌは少年に話しかける。運命の出会いかもしれないと、若さゆえの純真を持ちながら。
予定と違ったのは、少年がこのことをまるで覚えていなかったことだろう。
少年にとってアリーヌは、どことなく見覚えのある顔をした、赤茶色の髪の少女。その程度の認識だった。
それを、無欲で人助けをする王子様のように受け取ってしまったのは、彼女がすでに恋で盲目となっているからだったことは想像に容易かった。
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