3話 レールから外れた人生

 そして一年近くが経つ。

 ローランは変わらずアリーヌへ勉学を教え、血反吐を吐きながら魔法を鍛え、剣術で負け続けていた。

 実力は縮まっている。だが勝てない。そんなもどかしい状況も数ヶ月となる。

 それでもローランが諦めず、鍛錬を怠らなかったのは、プライドよりも意地が勝っているからだった。


 今のローランに残っているものはない。

 家は次男が継ぐことになった。婚約は破棄された。学院を辞めさせられていないのは、家に戻したくないからだ。


 しかし、それでもまだ機会はある。

 それは、この一年の成長を見せる、統合演習だった。

 遠方の森へ赴き、魔獣を狩る実戦形式の演習。ここで結果を残せば、ローランの評価はまた上がるはずだった。



 森の近くに野営地を作り終えると、ローランは深い森を睨みつける。

 そんな彼の隣に、なにも気負った様子の無いアリーヌが近づいて来た。

 この一年で身なりも整い、顔色も良くなったアリーヌには、健康的な魅力がある。つまり、磨けば光る原石だったということだ。

 アリーヌは他の男子生徒から見られていることに気づいていたが、少しの興味も持たぬままローランに話しかける。


「がんばろうね、ローラン」


 一等級冒険者だったアリーヌの様子は能天気にも見える。

 ローランは笑顔を作らず、真剣な表情で言った。


「勝負をしよう、アリーヌ・アルヌール」


 この1年、としか呼んで来なかったローランに、初めて名前で呼ばれたことに気を良くしながら、アリーヌは笑顔で答える。


「どんな勝負?」

「より良い評価を出したほうが勝者だ」

「うん、いいよ。やろっか」


 躊躇いなく受けたアリーヌへ、不退転の覚悟を決めていたローランは、これが最後かもしれないと、ずっと疑問に思っていたことを問うことにした。


「君のことを調査した」

「……そっか。じゃあ、全部知ってるんだ」


 苦笑いを浮かべるアリーヌ。


「なぜ君は騎士を目指した。すでに十分な立場を有していたんじゃないのか?」


 アリーヌは少し悲し気な表情を見せながら、その質問に答えた。


「中央の騎士は、助けに来てくれないんだよね。食事も水も、物資も届けてくれない。自分たちは温かいご飯を食べているのにさ」


 国内の有事には騎士が動く。しかし、遠くなればなるほどそれは難しい。

 大きな町であれば、近隣に滞在している騎士が来てくれることもあるだろう。だが、全てを救うことはできない。

 金のある村は冒険者を雇う。だが、金のない村は、全てを捨てて逃げるか、ただ滅ぶしかない。


「辺境にいる騎士は、中央にいる騎士よりずっと強い。でも、もっとたくさんの騎士を送ってくれれば、もっともっと強い騎士が増えて、もっともっとたくさんの人が助けられるよね。わたしは、中央の騎士を変えたいから騎士になることを決めた」


 どこか遠くを見ているアリーヌの話は、ローランは初めて聞くことばかりだ。

 しかし、それは事実だろうなとも思っていた。

 中央にいる騎士の役目は、王都や王族、貴族を守ること。好き好んで辺境へ赴く者などほとんどいない。


 青臭い理想を語るアリーヌの姿は眩しい。

 言葉に詰まっているローランへ、今度は彼女モジモジとしながら問う。


「ねぇ、わたしも1つお願いしてもいい?」

「内容によるな」

「……今度、一緒に出掛けない? 2人で」


 アリーヌにとってローランは、平民をバカにしないどころか、自分を助けてくれ、優しくしてくれる理想の人だ。

 自分との試合を断ったこともない。勉強だって教えてくれる。勝つために、アリーヌを超える努力を重ねていることだって知っている。

 そんな相手に16歳の少女が、淡い恋心を抱くのは決して不思議なことではなかった。


 高鳴る胸を押さえながら返答を待っていると、ローランは優しく笑う。


「考えておこう」


 パァッとアリーヌは明るい顔を見せる。

 だがローランは、一緒に出かけるどころか、考えるつもりすら毛頭ない。

 彼の頭の中にあるのは、この演習でアリーヌに勝つことだけだった。



 数日間行われる統合演習。

 1つの班に、正騎士1人、準騎士1人、生徒が4人の編成。

 複数の班に分けられ、彼らは演習を行っていた。

 ローランとアリーヌの班は別だが、すでに1年生の中でも別格でおり、2人の活躍は正騎士たちの中でも話題となっていた。


「ローラン・ル・クローゼーの実力は確かなものだ。勇者と喧伝されていただけのことはある」

「しかし、なぜここまで評価が悪い。彼は貴族の誇りだ」

「アリーヌ・アルヌールはもっと素晴らしい」

「平民でも関係ない。彼女の評価はもっと上げるべきだ」


 美しさと強さを兼ね添えている2人の騎士候補生。

 演習で正しく実力を評価され始めていたが、それを知らないローランに余裕はない。


「勝たなければならない。必ず勝て。そうすればまた、あの道へ戻れるかもしれない」


 ズレてしまったレールを正すべく、ローランは足掻く。

 そんな普段とは違う鬼気迫る姿に、危うさを感じていたのはアリーヌだけだった。


 野営地に戻って来たローランの姿を見つけたアリーヌは、すぐに傍へ駆け寄る。


「ね、ねぇ、ローラン。大丈夫? 無理しすぎてない?」


 ローランは弱弱しく笑顔を作り、強い瞳で答える。


「問題無い。まだ俺はやれる」

「でも、少しは休まないと……」

「大丈夫だ。自分のことは自分が一番よく分かっているからな」


 アリーヌの心からの気遣いは、今のローランには少しも届かない。

 この数日に、ローランは人生を賭けていた。

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