第3話

乾いた笑い声を浮かべる東條要人。

どうやら、幻覚が見えているらしい。

自らの視覚には、見た事も無い言語が画面いっぱいに表示されているのだ。

それはどうやら、英語であるらしいが、英語の勉強などしていない東條要人にとっては、見た事の無い羅列でしか無かった。


「こんなもの…とうとう、参っちまったか…」


東條美月妃を強く抱き締める東條要人。

すると、東條美月妃はゆっくりと口を開くと、東條要人の首筋に向けて口を動かす。

そして、歯型を彼に付けるのだが…何度も何度も、口を動かして、噛んでいる。

だが、東條要人には、傷一つ付いていない。

どうやら、彼女の咬む力が無くなっているらしい。

これでは、彼女に喰われて死ぬと言う真似は出来ないらしい。

残念に思いながら、東條要人は視線を落とす。

瞬間、視界いっぱいに真っ白な閃光が浮かんで、目を傷めた。


「くッ…なんッ」


光に目が眩んで、目を瞑る。

そして、再び目を開いたかと思えば…、東條要人の視界に広がる、ステータス画面の表記が変更されている。

先程まで、英語で描かれていたものが、今になって見れば、その全てが日本語に翻訳されているのだ。


「なんだ…え、日本語…か?」


そして、先程は読めなかった内容を、東條要人は確認した。

其処に書かれてある内容は、スキル強化、と言う文字だった。


「…指弾、強化?」


筋肉拡張強化性能:指弾強化。

その様な表記が目の前に現れている。

…この表記を見た所で、東條要人にはどうでも良い話だった。


「…どうせ、幻覚だ、こんなものは」


自分が、現実逃避をしたくて、脳が思い浮かべたものだと、東條要人は思った。

どうせならば、妹が死んだと言う事実も妄想であれば良いのに、と、東條要人は儚く思う。

だが、妹が死に、ゾンビになったと言う事実は変わらない。

これが現実である、だからこそ、このステータス画面も、彼の脳が生み出した産物ではないのかも知れない。

そう思っていると、男子便所へと入る影があった。

それは、ゾンビになった男子生徒であり、東條要人の存在を察したのか、トイレへと入って来た。


「…虫の居所が悪いんだよ」


暴力は最早、うんざりだった。

一秒よりも早く、妹と共に過ごしたいと思っている。

だから、東條要人は手をポケットに入れた。

はだかで入れっぱなしにしている、百円硬貨を取り出す。


「どっか、いっちまえ」


そう言うと共に、東條要人を親指で小銭を弾く。

…冗談のつもりだった。

もし、本当であるのならば、と思ったが、本気では無かった。

小銭を弾き、指弾として効果があるのならば、このステータス画面は本物でると証明出来るだろう。

だが、それが出来なければ、これは妄想の産物。

ゾンビを倒して、その後の事はどうでもいいと思う筈だった。


だが…弾いたコインは、鋭い弾道として弾き飛び…ゾンビの脳天を貫いた。


「…まじか?」


まさか、本当に、指弾が強化されているなど、思ってもみなかった。

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