8 (第二番 第二幕 第二場)
深夜。
ジュリエットの寝室。
蝋燭の火が辺りを橙に染めている。
ジュリエット、真っ白なベッドに埋もれている。
ジュリエット
「ああ、どうしましょう。さっきのアレは最悪の出会い方だった」
悪魔
「急に何を言い出すんです? 別に前回のそれと、そんなに変わりはないでしょう?」
ジュリエット
「いいえ、いいえ、最悪の部類。感極まって泣いてしまったのよ? きっと変な人だと思われた」
悪魔
「あんなに赤裸々に愛を語っていたではありませんか。そんなに落ち込まなくても」
ジュリエット
「あなたも良くないわ。何故、あんな大事なところで茶化すような合いの手を入れたのよ!」
悪魔
「すみません。こればっかりは悪魔の性分で。あんなやり取りを見せられたら、人の憎しみを餌とする、私どもには酷く胃もたれがして……」
ジュリエット
「ああ、絶対に変な女だと思ったに違いない。どうしましょう、もしもこのまま中庭にロミオが現れなかったら……」
悪魔
「大丈夫でしょう。一応、それが筋書きなのですから。恐らく今にも来ることでしょう」
ジュリエット
「本当に? 本当にそう思って?」
悪魔
「ええ、ええ。ほら、涙を拭いてください。ロミオが来たら、そんな顔で会うんですか? さあ、耳を澄ませてごらんなさい。聞こえるでしょう? 中庭に誰かがやってきたのが」
ロミオの声が遠くから聞こえる。
ジュリエット、起き上がり、バルコニーへと駆け出し、部屋を出る。
悪魔
「いやはや、本当に騒がしい。自分から天のお方に申し出て、やり直しの機会をあの子に与えてはみたが、こんなお守りをする羽目になるとは。
しかし、悪魔は難儀な生き物だ。人と人とが争わなければ、現世にはいられない。モンタギュー家とキャピュレット家が和解してしまった結果、私は真っ暗な地獄に落とされてしまった。そこで私は、天のお方にある賭け事を申し出た。そう、あの二人の犠牲がなければ人間は和解できないのでしょうか? それは、あまりにも人間を信じていないのではないでしょうか? そう言って焚きつけたのだ。
その結果、天のお方は乗った、この賭け事に。
そして、ジュリエットは時を遡り、俺は、こうやって自由な現世に再び降りることが出来たというわけだ……しかし、正体がバレなければなあ、今こうやって、彼女のお守りをしなくても済むというのに……実に困ったことだ」
乳母
「お嬢様! お嬢様!」
廊下から乳母の声が響く。
悪魔
「ああ、今度は乳母のお出ましか。仕方がない。部屋に入られるとうるさくて敵わないからな。ここにある机を、ここにこうして……扉の取手に引っ掛ければ」
乳母
「お嬢様! あらまあ、部屋の鍵なんか閉めて……いえいえ、鍵なんかあったかしら? お嬢様! 夜着に着替えるのを手伝いましょうか!」
ジュリエット、バルコニーから部屋に顔を出す。
ジュリエット
「ちょっと待って!」
乳母
「はいはい、分かりました。すこーしだけ待ちましょう」
悪魔
「やれやれ、二人とも大人しく会話が出来ないものかね……私は先に寝させてもらおうとしよう。この揺れ椅子を借りようかな。よっこらせと……」
悪魔、椅子に座り、目を閉じる。
乳母
「お嬢様! もうよろしいでしょうか?」
ジュリエット
「今行くから、ちょっと待って!」
乳母
「お嬢様! もういい加減いいでしょう?」
ジュリエット
「分かったから、分かったから、もうすぐにでも!」
ジュリエット、部屋に戻り、机を動かし、廊下側の扉を開ける。
ジュリエット
「ばあや、今日の着替えは一人で出来るから、もうお休みになって大丈夫よ」
乳母
「そうですか? それならまあ、お言葉に甘えて先にお休みしましょうかね」
ジュリエット
「そうそう、今日は舞踏会の準備もあって疲れてるんだから、遠慮なんかいらないわ」
ジュリエット、扉を閉めて、バルコニーに駆け戻る。
しばらくののち、ジュリエット、部屋に入る。
ジュリエット
「ああ、感動的。なんて素敵な夜なんでしょう。再びロミオと愛を語らえるなんて。悪魔、悪魔、あなたのおかげ。本当に感謝しかない。でもすでに夜も深い、急いでこの燃えるような体を鎮めなくては。このままいたら燃え尽きてしまうに違いない。さあ、悪魔、そんなところで寝てないで、服を着替えるのを手伝って(ドレスを脱いで、寝巻きを羽織る)。後ろの紐を結んでくれない?」
悪魔、椅子から体を起こす。
悪魔
「ロミオはもう帰ったので?」
ジュリエット
「ええ、さあ、早いところ寝なくては。明日も大事な用事があるのだから。ねえ、後ろの紐を結んでくれない?」
悪魔
「それは応えられない注文ですね、申し訳ないですが。ほら見てください、私の手を。ご覧の通り、指先はナイフのごとく鋭く、とても紐を結べるものではありません。私は悪魔ですからね、紐を結んだり、握手をしたり、そういった何かを繋ぎ止めるような行為は、残念かな、許されていないのです」
ジュリエット
「あら、そう。それならどうにかこうにか、背中に手が回れば……ああ、どうにか結べた。これでバッチリね。やってみれば意外と出来るものね。さあ、さっさと寝ましょう。でも本当にありがとう。あなたが私たちにくれた機会、きっと無駄にはしないわ」
ジュリエット、ベッドに潜り込み、蝋燭を吹き消す。
暗転。
悪魔「(傍白)私に感謝だと? 実に愚かな子だ。私に騙されているとも知らないで……」
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(ロミオとジュリエット)n乗 一ノ瀬トヲル @kiiroi_kotori
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