7-2(第二番 第一幕 第五場)

(←続き)


ロミオ

「我が卑き この手が聖なる御堂を汚したならば

 その罪を 償うための唇が 恥じらいながらも

 今ここに 控えております」


 ロミオ、ジュリエットの手の甲に口づけをする。


ジュリエット

「巡礼の方 それは余りな物言いでしょう

 ご覧の通り そなたの御手は その信心を示しています

 この御手と 聖なる御手とを合わせることが

 その口づけと 相成りましょう」


ロミオ

「いやしかし、唇は 聖者と巡礼 双方に在り」


ジュリエット

「ふふ、唇は 祈りのために使うもの」


ロミオ

「手の成すことを ああ、是非唇に

 言葉にて祈る信仰 裏切らず 絶望に突き落とさぬよう」


ジュリエット

「聖者の御堂は不動なり してその信仰を許す術を知らず」


悪魔

「ああ、聞いていられない! なんて馬鹿馬鹿しい形ばかりのやり取りなんだ。分かっているんだろう? お互いの心の内は! 実に見ていられない。口すら出すのも憚られる。さっさとしたいことをすればいいのに……仕方がない、ここでは用無しの私は席を外すとしよう」


 悪魔、二人の側から去る。


ロミオ

「したらば動かず そのままに

 祈りの印 頂戴いたします間に」


 ロミオ、ジュリエットの唇に口付けをする。


ロミオ

「先刻の罪 これにて贖いとす」


ジュリエット

「あら、その罪は 今どこに?

 私のここにあるのでなくて?(唇を指差す)」


ロミオ

「我が唇から我が罪が?

 甘美なるお咎め!

 我が罪を 是非ともお返し願いたもう」


 ロミオ、再びジュリエットの唇に口づけをする。

 ジュリエット、涙を零す。


ロミオ

「ああ、聖者様、一体急にどうしたんです……私の軽薄な行いがあなたを傷付けたのならば、誠心誠意、謝ります。どうかその目から、涙を零さないで。花が乾涸びてしまう」

ジュリエット

「ああ、これは違うの、違うんです。悲しくて泣いているんではないんです。むしろその逆」

ロミオ

「その逆?」


乳母、二人のそばにやってくる。


乳母

「お嬢様、お嬢様、まあ! どうしたんです! そんなに泣いて、一体何をされたんです?」

ジュリエット

「いいえ、泣いてなんかいないわ。何もされていないの、むしろ与えられてばかり」

乳母

「何を言っているんですか! 仮面に隠したその泣き面が見えないほどに盲目ではありません。さあ、あんな輩からは離れるんです。お母様が呼んでいるんですよ」

ロミオ

「お母様? お母様とは誰だい?」

乳母

「この家の母と言えば一人、この娘に乳をあげたのは私、どこの馬の骨かも知りませんが、あなたじゃあ、金銀財宝にも勝るこの娘の相手は務まらないでしょう」


 バルサザーがロミオに近づいてくる。


バルサザー

「ご主人様、ベンヴォーリオ様が呼んでおります。そろそろ引き上げ時だということで……」

ロミオ

「分かった、今行く」


 ロミオ、バルサザー、その場から去る。


ジュリエット

「ばあや、彼が誰だか知っていて?」

乳母

「どなたのことです?」

ジュリエット

「今さっき別れた御仁よ」

乳母

「さあ、知りませんねえ、お嬢様を泣かせたろくでもない奴であることは確かでしょうけどね」

ジュリエット

「ろくでもなくなんかないわ。きっととっても由緒正しい人、あなたもその名を聞けば、大地に膝をつくでしょう」


 乳母、その場を去って、すぐに戻ってくる。


乳母

「聞いてきましたよ。彼の名はロミオ。あのモンタギュー家のロミオです。我が家唯一の仇、その一人息子」

ジュリエット

「ええ、なんて皮肉なのかしら。憎しみの中に生まれた一つの愛。向こう見ずが、判断を見誤る。信じ難いけれども、これが始まり。憎い仇を愛した、私の初めての恋」

乳母

「何か仰いまして?」

ジュリエット

「ふふ、さっき踊った人に教わった詩」


 奥から聞こえるジュリエットを呼ぶ声。

 ジュリエットと乳母、広間を去る。

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