7-1(第二番 第一幕 第五場)

 広間に溢れる仮面の人々。

 奏でられる木管、金管、弦楽器の音色。

 影を打ち消す燃え盛る千本の蝋燭。

 広間への階段を降りていくジュリエットと悪魔。


ジュリエット

「あの大柄で大きな声の人がお父様、で、後ろにくっついている彼女がお母様。その隣のノッポで態度のデカそうなのが従兄弟のティボルト」

悪魔

「ご説明ありがとうございます。ですが私も二週目の人生。そこら辺のことは存じ上げております」

ジュリエット

「ああ、緊張する。聞こえていないかしら、私のこの早鐘のような心臓の音。金槌がまるで鉄を叩き上げているよう! 生きて再びあの人に出会えるとは……そしてダメだわ。この目も言うことを聞こうとしない。会場中を彷徨って、結局何も見つけられそうもない。口も上擦り、言葉が形をなさない。大丈夫かしら? 私、うまくやれるのかしら?」

悪魔

「……ん? 私に尋ねていますか、もしかして? 大丈夫、大丈夫。ここまでだって、二回目を上手く演じてきたでしょう。舞台俳優さながらでしたよ」

ジュリエット

「女性の舞台役者なんざいないけどね。でも、そうね、きっと大丈夫、ありがとう」

キャピュレット

「おお、ジュリエット、やっと来たか、ほら、こっちへおいで。そんなところで縮こまってないで。今日はお前の社交界デビューなのだから」

ジュリエット

「(傍白)これからの再会に打ち震えているのを、小動物の臆病に捉えられているのなら、極めて心外ね」


 ジュリエット、キャピュレットの下へと進んでいく。

 後ろを着いていく悪魔。


キャピュレット

「こちらがパリス伯爵。大公の縁戚にあたる由緒ある方だ。パリス伯爵、こんな娘でもよければ、少しくらいお相手してあげてください」


 パリス、月光のような白いドレス、白い仮面に身を包んでいる。

 ジュリエット、ドレスの裾を持って、頭を下げる。


パリス

「君がジュリエット! これは美しい。ヴェローナの街にこれほどの花が咲こうとは」

ジュリエット

「浮ついたお世辞はよしてください。この通り、仮面をつけているというのに」

パリス

「実に謙虚な姿勢ですね。そうしましたら、蕾ということにしておきましょう」

ジュリエット

「まあ。その蕾でさえ陽を浴びたのち、どんな花が咲くのやら、まだ誰の目にも分からないのですから、あんまり期待をなさらないでください」

パリス

「内から光ものがあるんでしょう。それが私には分かります」

ジュリエット

「何をおっしゃいます。私がお示し出来るのは、父から与えられたキャピュレット家の肩書きのみ。あなた様も同様でなくって?」

パリス

「これはこれは、厳しいご指摘。ですが、私はそれでも良いんです。与えられたものを最大限に活かすのが、私の哲学なのです。貰ったものを捨て置くことは、神の道理に反するというもの」

ジュリエット

「(傍白)でもそれを自分のために使うことが、果たして貴族のやることなのかしら?」

パリス

「どうです? ひとつ一緒に踊りませんか? ん? 何か向こうが騒がしいですね?」


 ティボルト、キャピュレットのもとへと駆け寄る。


ティボルト

「あれは奴の声、モンタギューに違いない。(近くの給仕に向かって)おい、俺の剣を持ってこい。あんな変な仮面を着けやがって、俺たちの祝宴を馬鹿にしに来たのか? 今ここで一族の名誉にかけて叩き殺してやる。神も罪には問わんだろう」

キャピュレット

「なんだ、一体。何をそんなに荒れてるんだ」

ティボルト

「叔父上、憎っくきモンタギューが来ているんです」

キャピュレット

「それは息子のロミオか?」

ティボルト

「そうです、あのロミオです」

キャピュレット

「紳士然としていろ。そんなのは放っておけ。今のところ大人しくしているんだろう?」

ティボルト

「敵がいるんですよ? この家の中に! 許せませんよ!」

キャピュレット

「許すんだよ、いいか、私の客人の前で騒ぐんじゃない」

ジュリエット

「パリス様、ここで失礼いたします」


 ジュリエット、人混みの中をかき分けていく。


悪魔

「ついに再会ですね」

ジュリエット

「なんて言えばいいのかしら。私はもうすでに彼を知っている、でも彼にとっては私は未だ見知らぬ人、初めての人。そして仇の娘。本来会ってはならない二人。それでも私は選ばずにはいられない。望まずにはいられない。そして、彼も再び私を選んでくれることを……」


 ジュリエット、立ち止まる。

 動かなくなる大勢の群集。

 静寂に取って代わる奏楽。

 輝きを増す幾万の篝火。

 巡礼服の男、現れる。淡い蒼色の仮面。

 男、仮面を外し、片膝をつき、ジュリエットの右手を取る。

(続く→)

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