6 (第二番 第一幕 第三場)
夜。
蝋燭に照らされたジュリエットの寝室。
右手の扉から部屋に入ってくるジュリエット。花を彩ったオレンジのドレス。
その後ろをついてくるキャピュレット夫人。血のような真っ赤なドレス。
そしてその後ろについてくる乳母。首に掲げた玉虫色の石が一つ。
そしてさらにその後ろについてくる悪魔。
夫人
「どう? パリス伯爵を愛せそう? 舞踏会でお目にかかるでしょうから、よくよくお顔を見てみてね、本を読むみたいにしっかりと。中身が良いから、それが見た目にもよく出ているのよ。あとはそれを彩る表紙があれば完璧でしょう? いい? ああいう人と結婚すれば、何も失わずに済むんだからね。」
乳母
「失うどころか、むしろ得るものの方がきっと多いと思いますよ」
夫人
「どう? 好きになれそう?」
ジュリエット
「お母様、努力はしてみます。けれど、正直お約束は出来ません。読んでもいない本を好きにはなれないし、中身のない装丁本も、世の中にはごろごろしているんですもの」
夫人
「生意気ねぇ。中身なんざ後で書き換えたっていいんだから、初めは表紙で選んでみたらどう?」
ジュリエット
「表紙だって取っ替え引っ換えが効くじゃありませんか」
召使いが部屋左手の扉から顔を出す。
召使い
「奥様、お客様方がご到着されました。どうぞ皆様、早めにお越しくださいますよう」
夫人
「すぐに向かうわ」
召使い、扉を閉めて、部屋から出ていく。
夫人、ジュリエットに向き直る。
夫人
「さ、仮面をつけていらっしゃい。下で待っているからね」
夫人、左手の扉から去る。
乳母
「さぁ、お嬢様、嬉しい日になりますよ」
ジュリエット
「それならばぁやも出るべきよ。あなただって、随分長いことひとりぼっちでしょう? 何か良い出会いがあるかもしれない」
乳母
「まぁ、娘にそんな心配をされるとは。私にはあなたがおりますからね。一人なんかじゃありません。それに舞踏会は私には似つかわしくない。人にはそれぞれ咲くべき場所があるんです。そんなこと、滅多に口にしてはいけませんよ」
乳母、笑いながら、部屋を出ていく。
テーブル上の艶やかな黒い羽で飾られた仮面。
ジュリエット、仮面を手に取り、仮面越しに悪魔を見る。
ジュリエット
「本当にあなたの姿は誰にも見えていないのね? 声も聞こえていないのね?」
悪魔
「何度も説明した通りです。あなたにしか見えていませんし、声も聞こえません。私と契約した人にしか見聞き出来ないのです。だからこそ、もう一度確認ですが、あなたの時の遡り、この件は誰にも話してはいけません。話した時点で、この契約は無効になり、あなたは当初の通り、息を引き取ることになります」
ジュリエット
「大丈夫よ。こんな話、誰かにしたって信じてはもらえないわ。さぁ仮面をつけたわ。どう?」
悪魔
「どうと言われてもね」
ジュリエット
「あのねぇ、これから愛しのあの人に会うの。一発で見つけてもらえるように綺麗にしてなきゃいけないでしょう」
悪魔
「そんな心配は全くの杞憂ですよ。どうやったって、ロミオ・モンタギューはあなたと出会う運命なんだから。たとえ、物乞いのような汚い身なりをしてようと、王女のような豪奢な格好をしてようと」
ジュリエット
「分かってないなぁ、それでも綺麗にしておきたいって気持ちが」
悪魔
「人間に無知を説かれるとは……悪魔は人間の愚かさを人一倍知っていると言うのに。知らない悪行は無いというのに」
ジュリエット
「ほら、どう? 仮面をつけた私の様子は?」
悪魔
「……悪くないんじゃないですか。正直、私には見てくれの良し悪しなんざ分かりませんがね、こんな見た目なもので」
ジュリエット
「そうだった。ごめんね、そのことを謝ろう、謝ろうと思っていたの。私、あなたに会った時、腰を抜かしてしまったでしょう? 別にあなたの容姿を悪く捉えるつもりはなかったんだけど、そうね、あんまりにも見慣れない姿形だったから、つい驚いてしまって……」
悪魔
「ええ、まぁ、いいですよ。慣れっこです、そんなことは。悪魔はね、嫌われてナンボなもんですから」
ジュリエット
「本当にどうか、許して。あと少し気になってたんだけど、あなた、お名前は? 名前がないと呼び辛くて」
悪魔
「……ありません。いやむしろ、あるにはありますが、悪魔の名前を知ってはいけないのです。それを知ったら最後、ろくなことにはならないでしょう」
ジュリエット
「そう。まぁそれなら無理には聞かないわ。さあ、早く行きましょう」
ジュリエットと悪魔、部屋を出ていく。
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