5-2(第二番 第一幕 第四場)
(←続き)
ジュリエット
「悪魔……」
悪魔
「そう、悪魔。で、まあ、君とロミオのね、運命があまりにも不憫に思われましてね」
ジュリエット「不憫……?」
悪魔
「そうでしょう? あんな悲劇は許されないでしょう?」
ジュリエット
「いや、でも、え? あなたがジョン神父なら、あなたのせいなんじゃなくって? あなたが信書を渡さなかったせいで、私もロミオも死ぬことになったのよ?」
悪魔
「それはそうかもしれないが、その判断は少しばかり正確じゃありません。いいですか、君とロミオが死んだのち、両家は深く反省して、互いに和解をするんです。つまりね、君らの犠牲がね、この街に平和をもたらしたんだ。それは天のお方の望むところだったってわけ。私はそのための役回りを演じたに過ぎません。本音を言えば、手紙を渡さないなんて損な役周りはしたくなかったんです。でも仕方がありません、そうでもしないとキャピュレット家とモンタギュー家は手を取り合わないのだから。つまりね、私は両家の間を取り持ったキューピッドだとも言えるんですよ」
ジュリエット
「酷い」
悪魔
「そんな言い方はしないでほしいな。私だって心が痛かったし、本当にすまないと思っているんだ、心の底から。でもね、だからこそなんだけど、私もあんまりだと思ったから、もう一度チャンスを与えられないか、天のお方にお願いをしたんです」
ジュリエット
「チャンス?」
悪魔
「そう、チャンスです。君とロミオがやり直すチャンス。二人が犠牲にならずとも、幸せな結末が迎えられるチャンス。あの人だって、人間を信じているからね、ジュリエットが頑張れば、きっとより良い結末が迎えられるんじゃないかって、考え直したんじゃないかな?」
ジュリエット
「どういうこと? あなたや、その天のお方のお慰みとやらで、私は時間を遡ったってわけ?」
悪魔
「端的に言うと、そういうことです」
ジュリエット
「すっごく、いけすかない感じね。初めの初めは、私とロミオが犠牲になることが決まってたってこと?」
悪魔
「まあ、そう。それがあの人の筋書きでしたね」
ジュリエット
「で、哀れに思って、やり直しの機会を与えてくれたと? それがこの時間の遡りの原因?」
悪魔
「そう」
ジュリエット
「あまりに身勝手が過ぎる」
悪魔
「そう思うのも無理はないですけどね。でも、これは本当に滅多にないチャンスですよ? もちろんこのチャンスに乗らないってのもアリだ。もしこの遡りのチャンスが要らないっていうなら、君は元の通りの時間の流れに戻って、その魂は向かうべきところに向かうだろう。どうします? やめときますか? 私は強制はしません。あと、そんな目で睨まないほしいなあ」
ジュリエット、立ち上がる。
ジュリエット
「チャンスなものかしら、これが。どう考えたって、これは自然の理から外れた許されない行い。でも、元々の筋書きが酷い、そう余りにも。両家の和解のために私たちが犠牲になる? それが分かっていて黙っているほど、私はお人好しでも大人でもない。それに、このまま進んでいけば、私は会えるのね? あの人に」
悪魔
「もちろん。そのために時を遡ったんだから。今この船に乗らないんでどうするんです?」
ジュリエット
「ロミオ、ロミオ・モンタギュー、あなたにもう一度会えるのなら、そして二人で生きていくことが出来るのであれば、ええ、私は悪魔にだって魂を売ってみせる」
ジュリエット、悪魔に手を差し出す。
悪魔
「握手は必要ありません。言葉があれば十分です。そして、これにて契約成立です。あなたは時を遡った、愛しい人に再び出会うために」
ジュリエット
「そしたらモタモタしていられない。今晩にはもうあの人と相見えるのだから。すぐにでも戻って準備をしなくては」
ジュリエット、荒野をあとにする。
悪魔、その後ろを着いていく。
悪魔
「決断したら、実に行動が早い。まるでアポロンの弓矢だ。しかし、少し困ったことになったな。記憶を残したまま遡るとは思わなかった。これは仮死薬のせいなのか? しかもそのせいで、私の正体がバレてしまった。悪魔は正体がバレたら現世にはいられない。だが、誰かと契約すれば、話は別だ。だから仕方なく彼女と契約を交わしてしまったが、実に面倒くさい。あの子のお目付け役をしなくては。さあ、私も街に向かうとしよう」
悪魔、立ち止まる。
悪魔
「(囁き声で)
さあ、紳士淑女のご覧の皆さま
舞台は全て整いました
場所は花の都、ヴェローナ
両家激しい憎しみの中、仇同士で恋し合ってしまう男女の悲恋の物語
死して和解などとは見苦しい
さあ、このやり直しが吉と出るか凶と出るか
とくとその目でご観劇あれ」
悪魔、その場を去る。
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