5-1(第二番 第一幕 第四場)

 正午。

 何もない荒野。

 乾いた風の音。

 一人、佇んでいるジョン神父。

 風にはためく黒い聖衣。


ジョン

「とても美しい景色だ。世界を二分する真っ直ぐな地平線。悠久な時間の中で自然が生み出した芸術。だが、この赤い大地もあの青い大空も交わることは絶対にない。二つは完全に分たれている」


 息を切らせたジュリエット、登場。


ジュリエット

「あの、あなたがジョン神父ですか?」

ジョン

「ええ……いや、しかし、若い女性が一人で何故ここに? あなたは誰です?」

ジュリエット

「私はキャピュレット家のジュリエットです。ロレンス神父にあなたを紹介されて来ました。聞きたいことがあるんです」

ジョン

「そうですか。一体何でしょう?」

ジュリエット

「とても変な話なので、驚かないで聞いてほしいんですけど、時間が遡ることってあるんでしょうか?」

ジョン

「これはまた、急に変なことを聞かれる。そんなことはあろうはずもない」

ジュリエット

「でも、私、本当に未来から戻って来たんです。数日ののち、私は、あなたがロレンス神父に教えた仮死薬を飲み、駆け落ちに失敗して自殺するんです。」

ジョン

「それで?」

ジュリエット

「それで今朝目覚めると、再び今日の朝に戻っていたんです……」

ジョン

「未来から過去に戻ってきたと?」

ジュリエット

「……ええ」

ジョン

「まあ、君の話を信じることはないが、それでももしそうだったとして、一体何故私のところに?」

ジュリエット

「私、考えてみたんです。どうして未来から過去に戻ってしまったのかを。ひとつ考えられるのは、あの仮死薬が怪しいんじゃないかってことです。私、あの薬を飲んで、四十八時間後に目を覚ますんですけど、あれはまるで時間を超越して未来に飛んだみたいに感じたんです。だから、あの薬を作ったあなたなら、私のこの狂った時間の原因を何か知っているのではないか、そう思ったのです」

ジョン

「馬鹿馬鹿しい。いいですか? そもそも眠りは仮初の死です。寝ている間の時間は知覚できず、どこかに飛んでいってしまう。あなたはそれと時間の遡りをごっちゃに考えている。それにあの仮死薬の作り方は私が発見したものではありません。私も人伝に聞いただけだ。だから、残念ながら、あなたの力にはなれそうもない」

ジュリエット

「あなたに相談に来たのはそれだけが理由ではないんです。今から数日後、あなたはロレンス神父に頼まれた信書を私の恋人に渡し損ねるのです」

ジョン

「……それで? それがどうして、私が時間の遡りの原因を知っていることに繋がるんです?」

ジュリエット

「その信書には仮死薬の計画について書かれていたのに、恋人がそれを知り損ねてしまったせいで、私も彼も自殺することになるからです」

ジョン

「ああ、よく分かった。私が原因で計画が破綻したと言いたいんだね」

ジュリエット

「すみません、ご気分を害してしまったら申し訳ないのですが……でも、本当に私、時間を遡っていて、誰にも助けを求められなくて……本当にごめんない」

ジョン

「ジュリエット、謝ることはありません。ですが、やはり有益な助言は出来そうにないでしょう。近い将来に本当にそんなことが起こるとは信じられませんが、次にもし私が手紙を頼まれたときは、きっとロミオに手渡しておきましょう」

ジュリエット

「ええ……お願いいたします。でも、分かりません。私の正しい時間がどこかに行ってしまったのだとすれば、これから先、一体何が起こるのか……それではさようなら、ジョン神父」


 ジュリエット、踵を返し、荒野をあとに今来た道を戻ろうとする。

 そして立ち止まり、振り返って再びジョン神父に向き合う。


ジョン

「どうしたのだね、ジュリエット」

ジュリエット

「神父様、ちょっとおかしくなくって?」

ジョン

「何がだね?」

ジュリエット

「あなた今、ロミオって口にしたでしょう? それがおかしいんです。私、ここに着いて、一度でも彼の名前を口にしていないのに……どうしてあなたが知っているんですか?」

ジョン

「……彼の名前を知らない人はいないでしょう? この街の名士の息子なのだから」

ジュリエット

「どうして彼が私の恋人だって分かるんです? 答えられますか? 答えられないでしょう? あなた、やっぱり何か知っているのね? そうなんでしょう?」


 ジョン神父、笑う。

 顔面に手をやり、神父の仮面を取り外す。

 仮面の下に露わになる、緑色の顔、黄色の瞳、銀色の歯。


ジュリエット

「ちょ、ちょっと待ってください! 待って。いや、何なの、あなた、ちょっと、だめ、それ以上は!(その場に座り込む)」

悪魔

「酷いものだ、そんなに怯えることもないでしょう。これ以上はもう近づかないから、いいですか? ここから説明しますよ? それは頷いてるってこと? それとも震えているだけ? 多分君たち人間には、およそ想像もつかない話だろうから、落ち着いて聞いてくれよ。

 まずね、私は君たちが言うところの悪魔って奴です」


(続く→)

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