2 (第二番 第一幕 第一場の一)


 早朝。

 遠くから鳴り響く、鐘の音が六つ。

 中庭に満開の花を讃えたキャピュレット邸。

 堅牢な石造りの四面の壁。

 二階に張り出した大理石のバルコニー。

 その先の寝室。

 窓を突き抜ける真っ赤な陽光。

 輝くレースに覆われた寝台。

 ジュリエット、目覚め。身体を起こし、自身を見下ろす。


ジュリエット

「……何かが、おかしい。何がおかしいのか分からないけど……。いいや、違う、わかっている。そうだ! そうだったはずだ! 私は死んだ! しかし一体ここは……そう、私の部屋、いつもの見慣れた部屋……私、死に損ねたの? あの短剣で突き刺したにも関わらず?」


 乳母、寝室に入ってくる。


乳母

「お嬢様、今日は随分とまあ早いお目覚めですね」 

ジュリエット

「……ばあや、これは一体どういうこと?」

乳母

「どういうことって、何がです? いつも通りのしょうもない朝が、再びやってきたのです。朝は必ずやってきます。もちろん夜も必ずやってきますがね。お互いに、出会うことなく、行ったり来たりするのです」

ジュリエット

「そんなことを聞いてるんじゃないの。私は一度、死んだでしょう? 何を呑気にしているの?」

乳母

「ええ、確かに眠りは仮の死とも言えますでしょう。ですが」

ジュリエット

「そういうことじゃなくて! 本当に覚えていないの?」

乳母

「覚えていないって、何をですか?」

ジュリエット

「私が死んだことよ!」

乳母

「どうなさったんです、本当に? 酷い夢でも見たのですか?」

ジュリエット

「……意味が分からない。一体何がどうなっているの? 私がおかしくなったの? それとも世界の側がおかしくなったの?」


 廊下から聞こえてくる足音。

 ジュリエット、ベッドから降り、部屋の扉を開ける。

 ティボルト、登場。燃えるような真っ赤な髪と上着。


ティボルト

「おお、ジュリエット、そんな格好で飛び出して、一体どうしたんだ?」

ジュリエット

「ティボルト! あ、あなた、どうしてここに?」

ティボルト

「どうしても何も、自分の家にいて何がいけないんだ」

ジュリエット

「な、何を言っているの? おかしいでしょう? あなたは、あなたは殺されたのよ? 死んだはずなのに……ど、どうしてここにいるの?」

ティボルト

「大きな瞳にそんなに涙を貯めて、随分と物騒なことを。この俺がどこのどいつにいつ殺されるんだ?」

ジュリエット

「ロミオよ、ロミオ。モンタギュー家のロミオによ!」

乳母

「お嬢様、随分とお疲れで、酷い夢にうなされていたに違いありません。もう一度お眠りになってはいかがです?」

ジュリエット

「ここは何なの? 死んだはずの私がいて、ティボルトもいる。ここは地獄なの? それじゃあ、ばあや、あなたも死んだってわけ?」

乳母

「何を馬鹿なことをおっしゃるんですか? 天使の如きあなたがいて、ここが地獄なわけがありません。さあさあ、寝ますよ。二度寝なんて本当はいけませんが、今夜の舞踏会が今日のメインディッシュですからね。夜が、あなたを寝かさない、そんな予感もありますからね」

ジュリエット

「……何? 今、何て言ったの?」

乳母

「ですから、今晩の仮面舞踏会のために……」

ジュリエット

「仮面舞踏会! 何てこと! 仮面舞踏会ってあの仮面舞踏会のこと?」

乳母

「あれもこれも分かりませんが、誰も彼もが仮面をつけて嘘を吐く、あの舞踏会のことですよ」

ジュリエット

「そうじゃなくて。ねえ、今日はあのパリス伯爵が来る舞踏会なの?」

乳母

「あれまあ! どうしてもうそのことを? 随分と早い耳なのねえ。奥様に黙っておくよう言われたのに、これじゃあ私が話してしまったみたい。どうしたんです、お嬢様、顔色が真っ青をですよ」

ティボルト

「ジュリエット、大丈夫かい? まるで真冬みたいにブルブルと震えているぞ」

ジュリエット

「どうもこうも無いわ。とんでもないことが起きているの! どうしたらいいの? こんなことって……まるで神の手違い、悪魔の悪戯。天地が入れ替わったって信じることなんか出来ない。私は、時間を、遡っているんだ」


 ジュリエット、部屋に駆け戻り、衣装棚を開けて、服を取り出す。


ジュリエット

「誰かに相談を……誰かに相談をしなくては……でも一体誰に? 分かった、分かったわ、あの人がいる。あの人に聞きに行くしかない」

乳母

「お嬢様、どうなされたんです?」

ジュリエット

「着替えるのを手伝って!」

乳母

「ええ、ええ、はいはい、言われた通りにいたしましょう」


 ジュリエット、薄紅色の衣服に身を包み、部屋を出て行く。


乳母

「ジュリエット様! どちらに行かれるのですか!」

ジュリエット

「ロレンス神父のところ!」

乳母

「朝食は? 食べてからでもいいのでは?」

ジュリエット

「それどころじゃないの!」


 ジュリエット、走り去る。

 乳母、ティボルトを見る。

 ティボルト、肩をすくめる。


ティボルト

「俺はばあやの作るオムレット、嫌いじゃないぜ?」


 二人、ジュリエットの寝室から出て、階下へと降りていく。

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