1 (第一番 第五幕 第三場)

 深夜。

 黒い森の影。

 キャピュレット家の霊廟。

 石造りの入口から差し込む青い月光。

 辺りに充満するカビ臭い匂い。

 閉じられていない黒塗りの棺桶。

 そこに横たわるジュリエット。

 そばに立つロレンス神父、手に持った赤い松明の火。

 ジュリエット、目覚めて、身体を起こす。


ジュリエット

「ああ、神父様……私の、私のロミオは? 彼は今どこに? ここがどこかはハッキリと分かります。神父様の計画通りの場所でしょう? でも、ロミオは今どこに?」


ロレンス

「人が来る。さあ、逃げるんだ。死と病、歪な眠りの支配する、この場所から。我々の及びもつかない大きな力が、計画を破壊した。どうしてジョン神父は手紙を渡さなかったのか……ええい、嘆いても仕方がない。急げ、急ぐんだ。あんたのことは修道院にでも掛け合って、どうにかする。ぐずぐずしている暇はない。今に夜警が来るぞ!」


ジュリエット

「そんな! そんなのってあんまりです!」


ロレンス

「ああ、逃げなくては!」


 ロレンス、急ぎ足でその場をあとにする。

 響く足音と遠ざかる篝火。

 石櫃の台座に倒れているロミオの遺骸。

 青白い手から零れ落ちる、赤茶けた薬瓶。


ジュリエット

「ああ、酷い! ロミオ! あなた、まさか! ああ、先に行ってしまうだなんて! 手に持ったこれは……毒を飲んだのね、どうして私の分を残してくれなかったの! 死んで後を追うことも出来ない! いや、まだ唇に毒があれば……この生と引き換えに死を」


 ジュリエット、ロミオに口づけをする。

 遺骸の唇に残る、死化粧の赤紅色。


ジュリエット

「ああ、まだ暖かい唇!」


夜警

「さあ、早く案内をしろ、小僧、ロミオはどこにいる!」


ジュリエット

「夜警が来る。急がなくては……これは、ロミオの短剣?(ロミオの腰から短剣を手に取る)ああ、嬉しい。いいこと? これからはここが貴方の鞘、どうか!」


 ジュリエット、自身の胸に銀の刃を突き立てる。

 血に染まる死装束。

 眼前で明滅する、世界。

 赤と黒。黒と赤。

 そして、暗転。

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