第110話 夢の海鮮丼

 常夏のビーチリゾート。過ぎて行く平穏な毎日。海辺に出かけては、キャッキャウフフして、BBQして、ビーチバレーして。


 だけど、それだけだ。数ヶ月もすると、早々に飽きてしまった。


「全く。あなたの周りを巻き込む勢いだけは、賞賛に値しますけども」


 あれからすっかり立ち直ったエリオットうじが、元のお小言大魔神に戻った。私は彼を心の中で小姑こじゅうとと呼んでいる。


「まあ、こうして家族で海に来られたのは嬉しいですけどね。ユウキにはいい思い出になりますし」


「うみ」


「ユウキは海が好きじゃのう。これぞギャラガーの血じゃ」


「まことです、母上」


 ブリジットとデイモン閣下、そしてグロリア様と孫のユウキちゃん。(孫!バインバインの美女に孫!)そしてカメラの魔道具をたずさえ、しれっと同行するエリオット氏。微笑ましいファミリーレジャーに、私の心は「コレジャナイ」と悲鳴を上げる。


「まぁまぁお嬢。その令嬢も、いつ漂着するか分かんねェだろ。明日かも知んねぇしよ」


「アリス。マグロを獲って来てやったぞ。三枚おろしでいいのか」


 自称私の夫ズが、むくれている私のご機嫌を取ってくれる。それは有り難い。彼らは退屈している私に、あれこれ嗜好品や娯楽を用意し、構ってくれる。私が突拍子もない思いつきに突っ走っても、快く付き合ってくれる。何だかんだスパダリだ。ただし、一方が高所恐怖症のハニトラ要員で、もう一方が人外でなければ、だが。私の春はいつ来るのか。とりあえず食欲に走ろう。ヴィンちゃん、マグロの3枚おろしは食べられない。もうちょっと細かく部位を分けてちょんまげ。


「あああ…白ごはんに醤油が欲しいよねぇ。ワサビとまでは言わないからさぁ…」


「かいせんどん」


 生後半年のユウキちゃんが、フォークを使って上手にマグロを食べる。味付けは塩味だが、脂の乗ったマグロは塩だけでもご馳走だ。その様子を、エリオット氏が号泣しながらパシャパシャと連写している。あっちからこっちから角度を変えて、忙しいおとこだ。写真撮ってないでお前も喰え。




 「ラブきゅん学園3スリー♡愛の離島開発計画♡」のスチル回収に向けて、無人島に拠点を構えてはや数ヶ月。はっきりとは明示されてはいないが、ゲームの開始は2〜3年後といったところ。所詮飽きっぽい私に、数年の年月は早過ぎたんだ。腐ってやがる。


 主人公の到着を邪魔しないよう、島のあちこちには目立たないようにいろんな建物が建っている。まず最初に居住用の邸宅、それから滑り台。隣の島のラグーンにはダイビング用の拠点も作ったし、BBQ場にグランピング場。気になる虫は、光属性も使えるフェリックスうじ神の祝福ディバインブレッシングで一掃してくれる。きらきらしい環境破壊だ。常駐しているのが私たち三人だけとはいえ、結構なリゾートになった。後は主人公を待つばかりなのだが。


「なあ、お嬢。もう一旦引き上げて、時々見に来るんじゃダメなのか?」


「うーん、そうなんだよねぇ…」


 嵐が近づいているようなので、ヴィンちゃんは「ちょっとそこまで」出かけている。とはいえ、彼の「お使い」は、惑星規模だから手に負えない。たまにうっかりついて行くと、地球の裏側まで飛んで行って、人工衛星くらいの高度から風の向きを調整し、雲を増やしたり減らしたりしている。これが風神のお仕事なんだそうだ。基本的には放置するんだけど、多くの生物が命を落としそうな場合はちょっと干渉するくらい。だけど私が「雨は嫌だな」とか「紫外線がちょっと」とか呟くと、完璧にエアーコンディショニングしてくれる。うん、エアコンの規模がデカ過ぎる。


 この島に留まるのは、他の思惑もある。3スリーはこの島を拠点に交易が活発になり、そのうちコメや醤油が手に入ることになっている。コメ探しについては、ここに拠点を構えるまで、何ヶ月か世界を飛び回った。白目を剥いて泡を吹くフェリックス氏を抱えつつ、各大陸の主要な港町や交易の要衝をくまなく巡り、野菜、穀物、そして家畜飼料の卸問屋まで、足を棒にして散々探り歩いたのだ。それでも見つからないということは、今のところ非常にローカルな食べ物だということ。ここで待っていた方が、早く入手出来るのではないかと踏んだのだが。


「コメが…コメが足りないんだよう。海鮮があってもコメが無きゃ、海鮮丼とは言えないんだよ?!」


「はぁ、結局食い気かよ」


「失敬な。ちゃんとスチルだって回収するよ!」


「そのスチルってのがなぁ…」


 カメラ魔道具を導入して、スチルというものがどういうものか、やっと伝わったこの世界。しかし、フェリックス氏は「他人の色事を盗み見して、絵姿に残すなんて」とスチル回収に消極的だ。


「何でよ。便利でしょうよ、魔道カメラ。隠密活動にもピッタリだよ?」


「そりゃ、後ろ暗い連中を追い詰めるには良い道具だけどよ。そもそも何で他人の色事にそんなに興味津々なんだ?」


「何でって、恋愛に興味ない乙女なんていないでしょって…え、ちょ、待っ」


 フェリックス氏がずい、と距離を縮めて来る。マズい、今二人きりじゃん!


何遍なんべんも言うけど、俺でいいだろ。それとも何か。他の男がいいのかよ」


「違っ、そういうんじゃ…ななな何で今、ギャーッ!ハニトラが来る!」


「っち、ハニトラハニトラっていつの話だよ。俺らはもう夫婦なんだっつぅの!」


「だからそれは皇国に行くのに独身じゃマズいからって!だし、キスしたらおかしくなるからって手ぇ出して来なかったの、アンタでしょ?!」


「念力で勝利っつってドヤってたのはどこの誰だよ」


 ソファーの端っこで逃げ場がない。半ば覆い被さるようにして、フェリックス氏の凄みのある美貌が迫る。この、風の起こりそうなまつ毛野郎!顎クイやめろ!


「帰ったぞ。———おお、何だ。交尾か」


 背後でドアの開く音と、ヴィンちゃんの間抜け声。「交尾…」という声の後、フェリックス氏はがっくりと撃沈した。

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