第107話 ユウキを探そう大作戦(完)

 あれから、ユウキとの逢瀬は続いた。私は、彼に身を寄せて、ただひたすら、彼の存在を確かめるだけで。彼はずっと、そんな子供のような私を、根気よくあやしてくれた。話したいことはたくさんあるのに、言葉が出て来ない。ただ、ユウキがそこにいてくれれば、それでよかった。こちらの時間とあちらの時間のズレのせいで、こちらにわずかに滞在するだけで、彼からは膨大な時間を奪ってしまうのだが、それでも彼は、貴重な時間を削って、ただ私を抱きしめるためだけに、世界を渡って来てくれる。


 私は、約半年もの間、彼を探して必死に彷徨さまよった。絶望に打ちひしがれながら、それでも彼を離したくなくて、どんな小さな望みにも賭けて、追いかけて。だけど彼は、三年もの年月を掛けて、私に逢いに来てくれた。ずっと私のことを忘れないで、私に逢うために、全てを尽くして。心がいっぱいで、何も言えない。彼は、自分が男性であること、そしてせっかく追いついた年齢がまた年上になってしまったことに引け目を感じているようだったが、私は彼の思考を通して、彼の姿を以前から知っている。そして私は、彼女セシリーよりもむしろユウキを愛していた。彼は以前と変わらず、いや、前にも増して、美しかった。前からずっと触れてみたかった、彼の左の鎖骨にある二つの黒子ほくろに、繰り返し頬を寄せては、口付けて。




「エリオット。俺、しばらく来られなくなりそうなんだ」


 ある日彼は、帰り際に、そんなことを言った。咄嗟に体を起こして詰め寄ろうとする私を制して、


「俺、必ずエリオットのところに行くから。アリスさんたちにも頼んでおいたから。だから、俺のこと、絶対見つけてね」


 そう言って、消えてしまった。


「ユウキ!私は、置いて行かないでって、言った…!」


 言ったのに。


 気づいていた。彼の姿は、こちらに来た時から変わらないのに、彼の声だけが、逢うたびにどんどんか細くなって行くこと。彼の命の灯が消え掛かっていることは、分かっていた。でも私は、一体どうすれば良かったのか。そして彼のいない世界で、一体どうやって生きていけばいいのか。


 消えてしまったユウキを探して、私は制御室のあちこちを探した。彼の痕跡が、今度こそ残っていないかと。そして端末を見て、気づいた。端末には、Unforgettableの曲と、彼からの最期のメッセージが届いていた。


「エリオット、ずっと君が大好きだよ」




 私たちが次に制御室を訪れた時、エリオットうじは端末にもたれかかって眠っていた。端末からは、Unforgettableがエンドレスで流れている。裕貴くんも罪なことするなぁ。だけどエリオット氏、私は彼みたいに、君を甘やかしてあげないよ。


 ヴィンちゃんは彼を宿直室のベッドまで運び、私は端末を無慈悲にシャットダウンした。そして彼が目覚めると同時に、


「さあ、裕貴君を探しに行くよ!」


 そう言って、二人の愛の巣の制御室から、彼を掻っ攫った。




 夢現ゆめうつつな様子で、制御室に帰りたそうな彼の手を無理やり引っ張り、皇国のはるか上空へ。そして、彼に語りかけた。


「アンナさんたちを見ても分かるけど、みんな転生する時は、基本属性はそのままなんだよ。意味、分かるよね?」


 エリオット氏の目に、みるみる光が戻る。そうだ。裕貴くんは光属性。生まれて来るとしたら、最有力は夏至の日。そうでなければ、他の候補は、春分、秋分、冬至の日。年4回のチャンスとなる。他の属性よりも、ずっと探しやすい。


「世界中、ブッ飛び回るから、覚悟してね!」


「エリオット坊ちゃん。俺らも動くからな」


 ダッシュウッドの隠密の情報収集力は、今や世界でも随一と言っていい。


「案ずるな、問題ない。じき分かる」


 ヴィンちゃんも励まそうとしているらしい。


 エリオット氏の顔つきが、だんだん変わって来た。裕貴くんが、絶対こっちに来るから、見つけてくれって言ったんだ。なら、探しに行くしかないっしょ。




 エリオットは、久々にダッシュウッドの地を踏んだ。懐かしいような、でもユウキと一緒に暮らしたあの場所とは違う、全然知らない場所に降り立ったような。城では、デイモンが相変わらず執務室で迎えてくれたが、この半年で貫禄というか、雰囲気が変わったと感じる。彼の部屋には、他の文官も配置されている。もう彼の執務室は、仲間が集う楽しい場所ではない。彼は領の政治の一端を担う子爵なのだ。


 彼と執務室の雰囲気が変わったわけが、もう一つあった。エリオットが不在にしている間に、デイモン奥方ブリジットの間には、もうすぐ第一子が生まれようとしていた。城はそわそわと慌ただしかった。あるじの慶事に、またこれから領を空けようとする不義理を詫びたが、デイモンは気にする様子もなく、「お前は大事なものを探して来い」、それが仕事だと告げた。アリス嬢たちから、彼には逐次報告が入っていたようだ。


 アリス嬢たちと、今後の探索について話し合おうと会議室を借りようとしていたところ、俄かに城が騒がしくなった。いよいよブリジット嬢が産気付いたらしい。かつて彼女の主人だったアリス嬢は、探索どころではなくなってしまった。その日の夜、ブリジット嬢は母子共に無事、女の子を授かった。


 アリス嬢に急かされて、見舞いに訪れる。こういうことは、すぐに顔を出すのは控えた方が良いかと思ったのだが、ブリジット嬢が久々に帰還した私の顔を見たいというもので、お言葉に甘えて別邸にお邪魔した。


 するとそこには、幸せそうなあるじ夫妻と、玉のような赤ちゃんがいた。


 ーーー美しい、ピンクブロンドの。


「エリオットうじ…」


 アリス嬢が、目に涙を溜めながら、私を振り返る。生まれたばかりだというのに、彼女の胸元、鎖骨の部分には、特徴的な二つの黒子があった。


「…セシリー嬢ちゃん、仕事早ぇな」


 フェリックスが、ニッと笑う。


「だから言うたであろう。じき分かると」


 風の龍神が、澄ました顔で言う。そうだ。今日は、秋分だった。




 恋愛脳の奥方ブリジットのたっての希望で、彼らの長女は、「ユウキ・ダッシュウッド」と名付けられた。彼女は元気に成長し、常々つねづね両親と同い年のエリオットに嫁ぎたいと言って困らせ、18年後、錬金学園卒業と同時に、それを叶えた。


「もう、今日から俺がエリオットの家族だかんな!」


「ユウキ、女の子が俺なんて言っちゃいけません」


 すっかり第二の父親のようなエリオットが、可愛い新妻を抱きしめて、幸せそうに笑っていた。




✳︎✳︎✳︎


以上にて、本作は完結です。

読んでいただき、ありがとうございました!

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