第106話 裕貴からの伝言

 エリオットうじが、裕貴くんと再会できて、良かった。彼らが最初に再会した場面に、私たちは偶然居合わせた。あの後、私たちは彼らを邪魔をしないように、すぐにこっそりおいとましたけど、二人が会えるまでの間、彼がどれだけ裕貴くんを探し求めていたか、よく知っていたから。そして彼らがどれだけお互いを想い合っていたか、思い出したから。


 あの時ヴィンちゃんが裕貴くんに向けて抱拳礼ほうけんれいをしたのは、裕貴くんとこの世界を再び結びつける手助けをしてくれたみたいだ。だけど裕貴くんは、基本はあちら側の住人なので、この世界から消え去った彼の存在を全て取り戻すことは難しいらしい。精々、あの場に居合わせた、私とフェリックス氏の記憶を取り戻すことと、裕貴くんがこちらの世界に来るのに迷わないようにすることくらい、だそうだ。そもそも裕貴くんには界渡りのスキルがあって、だからこそこの時代のあの場所に、ピンポイントで帰って来られたのだ。あちらの世界には魔力はないので、そのスキルが使えなかっただけで、一旦こちらの世界と縁が生まれれば、多少なりとも行き来はスムーズになるとのこと。


「それが良いことかそうでないか、我には分からぬがな」


 界を渡ること、つまり二つの世界にまたがって存在することは、肉体や魂に対して負担が大きく、存在を曖昧にしてしまうのだそうだ。


 ヴィンちゃんの言っていることは、難しくて分かりにくい。だけど、彼らが今こうして幸せなら、良いことなんじゃないかって思ってしまう。




 そんなある日、制御室の端末に、裕貴くんから私宛にメールが届いた。エリオット氏のIDで入ると、私宛のメールは見られないみたいだ。メールには、今日から三日後の深夜、こっそりここに来て欲しいって書いてある。エリオット氏には言えないような話でもあるのだろうか。私は、了承の旨を返信した。


 約束の日、私たちは音を立てないように、制御室に入って来た。するとそこに、タイミングを合わせたかのように、裕貴くんが現れた。積もる話はたくさんあるが、界を渡るのは彼にとって負担だって、ヴィンちゃんが言ってた。エリオット氏を起こさないように、手短にこっそりと話をすることにした。


「アリスさん。前、上級ダンジョンの隠し部屋こと、wikiに書いたって言ってたよね」


 その話をもとに彼が調べたところ、確かに氷の隠し部屋についての書き込みを発見。ユーザー名は、A1_ice。この書き込みをしたユーザーは、界隈では有名で、乙女ゲー攻略ブログなんかがあったらしい。うっわ、私ハズい。


 しかも、裕貴くんのお姉さんが、私のことを知っていたらしい。私は彼女と大学の同期だったそうだ。


「氷室有里子さん、それがあなたの名前だったよ」


 有里子ゆりこで、アリス。なるほど、私らしい単純なネーミングだ。そして、今の一言で分かってしまった。私は、そんな名前「だった」のだ。裕貴くんがなぜ、こちらの世界で自分の前世のことを覚えていたのか、私がゲームの知識以外のほとんどを忘れていたのか。それは、私にとって、その情報はもう必要なかったからだ。彼は「姉貴は、今はもう連絡を取ってないみたいだけど」って話を濁してたけど、彼は今も昔も嘘が下手だ。そんな優しいところが、エリオット氏を夢中にさせるんだろうな。


 そして彼の話の本題は、そこではなかった。


「俺、もう時間がないんだ」


 彼は詳しく言いたがらなかったが、彼の寿命が迫っていた。エリオット氏と再会してから、まだ一ヶ月半くらい。あちらの時間で、一年も経っていない。


 界を渡るのは負担が大きいーーーヴィンちゃんが言ってたのは、そういうことだったんだ。


「俺、絶対に、そっち行くから。だから、俺を見つけてくれないかな」


 それが、裕貴くんからの、私たちへの最後のお願いだった。


「うん、まーかせて!」


 私の答えは、それ一択。


「初代だって俺を見つけたろ。安心しな、嬢ちゃん」


「案ずるな」


 フェリックス氏もヴィンちゃんも、いいヤツ。


 裕貴くんは、安心した様子で、穏やかに笑った。


「じゃあ、お願いね。エリオットのこと、どうかよろしく」


 そう言って、彼はふっと姿を消した。

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