第99話 ユウキを探して

 あれからエリオットうじの様子がおかしい。ユウキだかセシリーだか言う人を探して、方々ほうぼうを尋ねて回っている。近場で有力な情報に出会えないと分かると、間もなくデイモン閣下に辞職届を出し、領都を離れて王都まで探しに行くと言い出した。デイモン閣下はひとまず休職扱いにするから、私にもその人探しを手伝うように、依頼してきた。特にやることもない私は、一も二もなく了承した。私なら、王都まで10分もかからずブッ飛ばせる。転移スキルに隠密の伝手も役に立つだろうと、フェリックスうじもついて来てくれた。そしてヴィンちゃんも。


 彼はまず、王立貴族学園の門を潜った。OGとして、学生の在籍記録や成績記録が残っているはずだと。彼が言うには、その人物は私たちと同級生、平民からの特待生で、常にトップを守っていたという。だが、目的の人物の名前は、そこからは発見できなかった。


 夕方、ダッシュウッド家のタウンハウスで集合し、夕食を摂る。フェリックス氏の方も、成果はさっぱりだったようだ。翌日は、みんなで彼女の出身地とされる、王都を挟んで反対側の伯爵領に赴く。そこには確かに、エリオット氏の記憶と一致するクラムという村があったが、セシリーという人物については、誰も知らなかった。両親と思われる夫婦にも面談したが、彼らは結婚してしばらく子供に恵まれなかったという。エリオット氏の記憶の中で、彼女セシリーの弟という人物が、彼らの長子ということになっていた。


 私たちは、当たれるだけの場所や人物を、徹底的に当たってみた。当時のクラスメイト、彼女が働いていたという飲食店、そして彼女に興味を示していた、元王太子やその取り巻きなど。だがしかし、皆一様に、いぶかしそうな表情を返すだけで、彼女の足取りを掴む手がかりは得られなかった。エリオット氏は、日に日に憔悴していった。




 タウンハウスに戻って、言葉少なに食事を摂り、各々のゲストルームへ戻る。するとその夜、エリオット氏が、私の部屋を訪ねて来た。彼の知る限りの情報を持って。


 鈴木裕貴、21歳。帝都工科大学3年生。工学部情報工学専攻、〇〇ゼミ。学籍番号は、〇〇-〇〇〇〇。その他、高校はどこで、インターハイでは硬式テニスの〇〇県代表で何位、インカレでは何位。ユウキくんって、相当出来る子だったんだな。こないだから探している、セシリー・クラムという特待生の前世が、その裕貴くんだったらしい。


 そもそもその、セシリー・クラムという特待生が、この「ラブきゅん学園♡愛の魔王討伐大作戦♡」のヒロインだったそうだ。彼女の力を借りて、私たちは魔王の復活を阻止したらしい。確かに、私はこの世界ゲームの知識を持ち、二年ほど前に、界渡りの宝玉ビーコンを破壊した記憶がある。でもそれは、私とブリジット、デイモン閣下とエリオット氏の四人で。結局ヒロインは誰か分からなかったので、先に超級を回って装備を整え、伝説の宝錫ほうしゃくだけ宝物庫から拝借し、最後はゴリ押しで、宝錫で宝玉を砕いて…。


「そんな…」


 彼は私に、何度もその裕貴くんのことやセシリーさんのことを確認してきた。その度に、何度も同じ答えを返してきた。今回は、彼の知る限りの全て、どんな些細な情報でも、どこかしら私の記憶に引っかかるものがあれば、と最後の望みを賭けて、私のもとを訪ねて来たらしい。


「嘘だ…あなたならユウキのこと、絶対何か知っているはずだ!隠さないで、どうか…!」


 彼は取り乱して、私の肩を掴み、揺さぶる。


「…ほんの少しのことでもいいんです、何か、少しでも…」


 目の前でくずおれる彼を、思わず抱きしめる。彼は捨てられた子犬のように、ふるふると震えながら、ぎゅっと小さくなっていた。


 彼は妄想に取り憑かれたり、狂言を繰り返すような人物じゃない。私とて、不審に思うことがないわけではない。この世界は乙女ゲームの世界、主人公の痕跡が全くない状態で、果たしてモブだけで魔王なんて倒せるだろうか。しかも、私たちは縁談よけに、仲間内で仮の婚約まで結んで、その後デイモン閣下とブリジット、私とフェリックス氏は結婚した。なぜ彼だけが、これまで誰とも婚姻を結んでいないのか。そして現在、ダッシュウッド領では、デイモン閣下を中心に、治水工事やインフラ整備が始まっている。それらはこちらの世界においてはかなり先進的なものだが、その知識は一体どこから出て来たのか。疑い出したらキリがない。エリオット氏の記憶の方が、筋が通っているのだ。


「…エリオットうじ。私は、エリオット氏のこと信じるよ。そのユウキって子、きっと見つかる。大丈夫だよ」


 何の確信もないけど、私はそう言葉を掛けることしか出来なかった。

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