第94話 不治の病

 私だけでなく、裕貴くんも「結婚してください」に加わったため、混乱は大きくなった。私をフェリックスうじが引っ張って、裕貴セシリーくんをブリジットが引っ張って、孫を犬が引っ張って。うんとこしょ、どっこいしょ。まだまだ沼は抜けまテン。


「そ!そういえば!フェリックスさんも、変われたりするんスか!」


 ブリジットが話題を変える作戦に出た。


「お、おう…変わるけどよ…」


 なんだか歯切れが悪い。私と裕貴くんが動きを止めて注視する中、彼は翠の左目を輝かせた。後には、黒髪ではなく、金髪で色素の薄いフェリックス氏が現れた。


「…これでいいかよ…」


 何故だろう。彼だけは、2Pツーピーカラーのフェリックス氏だ。マオがルイーになったのではなく、ルイーの色のマオっていうか。


「…フェリックス君。君には失望したよ」


「は?!」


 失望まで言うか、この女は。


「フェリーチャ。アリス様がご希望なのは、そうではないでしょう?」


 フェリチャーナ殿下がニッコリ笑う。フェリックス氏はしばらく下を向いて考え込み、絞り出すように「…あっちでなら」と呟いた。そしてみんなで衝立の裏まで行くと、


「ふおおおおお!!まりいたそ!!まりいたそ!!」


「結婚してください!!!」


 衝立の裏からは、あらぬ絶叫が。そして衝立に向けて、エリオットうじが紫色の剣呑な視線を送っていたという。




 翌朝。


 祝宴が終わったばかりだというのに、キールはダッシュウッド領を発つこととなった。


「ヒト族のなかでは、私は目立ち過ぎますから」


 だそうだ。確かにエルフ族は、良くも悪くも目立つ。そもそも滅多と人族の前に姿を現さない。彼が前王朝に派遣されたのは、魔王の到来の預言を受けてであって、本来なら異例中の異例なのだそうだ。


「キールさん、これからどうするの」


「あれから200年経ちましたが、同胞を探して旅に出ようと思います」


 彼も飛翔フライ加速アクセラレイトスキルマスキルレベルマックスにしている。そう遠くないうちに、彼は仲間と再会できるだろう。


「我が風の眷属ならば、あちらの大陸におるぞ」


「うわっ」


 ここのところ姿を現さなかったヴィンちゃんが、急に出現した。


「…風神様…!」


 キールさんがひざまずいて礼を取る。カイル爺の時には普通に接していたと思うんだけど、エルフ族としては本能的にこうなってしまうんだそうだ。ヴィンちゃんは、どこからか杖を取り出し、カーペットの上に器用に地図を描く。エルフ族は現在、西大陸のずっと北西のきわの方に拠点を移しているらしい。


「帝国の近くだな。帝都までなら送るぜ、初代」


「フェリーチャ殿下、かたじけない」


 彼の同胞との再会は、どうやらすぐみたいだ。魔王の角のもう片方を持って、200年の任務の終了である。


「キール、元気で」


 フェリチャーナ様が右手を差し出す。


「ナーシャ、いつかまた」


 彼は左手を絡めた。ハイタッチからの恋人繋ぎだ。ラブい。


「では皆様、お元気で」


 間もなくキールは、フェリックス氏と共に、光の中に消えて行った。




 見送りに来たのは、私とアンナさん、デイヴィッド様、フェリックス氏だけ。見送りが多いと離れ難くなるということで、出来るだけ少人数で、あっさりと出発したい、というキールの希望だった。私とアンナさんは、彼らが消え去った場所を、しばらく見つめていた。デイヴィッド様は切なさそうな表情で視線を逸らしていたが、「僕、行くね」という一言を残して、去って行った。


 ナーシャっていうのは、アンナさんの前世で名乗っていた「アナスタシア」という名前の愛称なのだそうだ。彼らはわずかな間ではあったが、夫婦として過ごしていたらしい。もっとも、夫婦とは名ばかりで、魔王討伐の戦力になりそうな者を集めながら隠密団を組織し、各地を回っていた。一番の目的は、フェリーチャ姫の保護。そして星読みでダヴィードの転生先を掴むと、ダッシュウッド家に隠密団ごと仕えることにしたという。地位も名誉も金もあるSランク冒険者とその隠密団クランが、わざわざダッシュウッド家に身を寄せたのは、そういう理由だったそうだ。


 フェリーチャ姫を保護してしばらく、アナスタシアはこの世界から姿を消した。どういう経緯か、本人は言いたがらなかったが、魔王との戦いに備えて、肉体のピークを合わせたかったみたいだ。だから今世では、フェリックス氏よりも2歳年下なのだという。


「ですからキールとは、夫婦らしいことはほとんど何もなかったのですよ」


 彼女は静かに笑う。元々、ヒトとエルフは同じ時間を生きられない。キールルートは、ハッピーエンドとは言い難い、ちょっとビターな物語だった。でも、ほんの一時いっときとはいえ、ヒト族として生まれて来たキールと時間を共にしたことは、彼女にとって幸せな思い出なのだろう。彼のことを語る時のフェリチャーナは、とても美しい横顔をしている。


 それにしても、アナスタシア亡き後、フェリックスやデイヴィッドの育成や隠密団の統率があったとはいえ、魔王戦の想定時点で四人のうち彼だけが老爺ろうやだったことに関しては、


「あの人、『ヒト族の60歳がこんなに老齢だなんて』と困惑してました」


 だそうだ。エルフにとっては、60なんて子供も子供だ。やはり、ヒト族とエルフ族の間の壁は厚い。そして、彼も意外と抜けたところがあったのだなと、ちょっとおかしくなった。うん、カイル爺もちょっととぼけたところ、あったからなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る