第89話 戦闘訓練

 度々光のダンジョンを訪れ、彼らのレベルも無事300を超えた。強さ的には多分、問題ないだろう。取れるスキルも全部取ってもらって、スキルの種子しゅしの在庫も幾分けた。5ファイブ組は、みんな自分の強さに一定の自信があるせいか、今から新しくスキルを取ることや、スキルの種子でスキルレベルを上げることに否定的だったが、四の五の言わせず強制した。「あの時あれを取っておけばよかった」では済まない。そして目指すは辛勝しんしょうではなく、完膚なきまでの圧勝である。


「魔王に圧勝とか、さすがお嬢は言うことが違うぜ」


 フェリックスうじに、呆れながら頭をくしゃくしゃされた。解せぬ。


 このゲームに限らず、ちょっとしたバフやパッシブスキルは、地味に侮れない。自分は今後使うつもりがない、格闘術、槍術、斧術、盾術、それから魔力操作など。しかしこれらの中に含まれる守備力上昇や回避力上昇、カウンターなどのスキル、こういうのがチリツモで、いざという時に助かることがあるのだ。通常ならば、取得するスキルを絞って、それを磨いた方が強いのだけれど、レベル上げ放題、スキルの種子使い放題の状況において、それは当てはまらない。


 とはいえ、一流の剣士であったり戦闘職である彼らにとっては、ちょっとした感覚のズレやバランスの欠如が、命取りになるのだろう。私たちは、風のダンジョンで最終調整を行うことにした。彼らはどちらかというとみんなソロプレイヤーだけど、ボス戦は連携が重要だ。魔王のステータスは分かっているので、みんなでバフデバフを手分けして大技を繰り出せば、数手で倒す程度の組み立ては出来ている。トルネードドラゴンでは、仮想的としては弱すぎるが、落ち着いて練習を繰り返すという意味では、うってつけだ。もちろん私もついて行く予定だが、彼らの雪辱は彼らだけで晴らす方が良いだろう。私とヴィンちゃんは、彼らの後ろでお留守番みをまもるである。


 更に、ドラッヘを絡めた立ち回り、何らかの事情で一人欠けた状態での立ち回り、二人欠けた状態での立ち回り。何ならソロでも倒せるように。このパーティーには今のところヒーラーはいないので、ポーションはデイモン閣下に錬金レシピを渡して、量産してもらっている。そのうち、国境での小競り合いの多いダッシュウッド領の特産品の一つになるだろう。役に立つ消費アイテムの錬金もだ。こちらは多少腕が必要なので、DEX(きようさ)の突出したエリオットうじに試作を依頼している。こういうのは、ラストエリクサー症候群の私が言えたことではないが、ボス戦において惜しんでいてはならない。スキルと同じく、使うべき時にジャブジャブ使えるように、アイテムを使う練習も欠かせない。


 やがて風のダンジョンで周回を繰り返していると、無事風の腕輪もゲットした。これでキールも腕輪持ちだ。私たちの遡行そこう準備は、着々と進んだ。




 冬至まで、あと五日に迫った。彼らの遡行地点は旧王都の神殿近く、遡行時点は、ゲーム開始時、ラスボス戦の三年前に決めた。開始直後の伏線に、どうしても踏まないといけないものがあるからだ。三年の攻略期間はちょっと長いけど、これまでの無印や2ツーの皇国編みたいに、思ったより早く解決する可能性もある。


「さあ、いよいよもうすぐだね!」


 いつメンにも、錬金やら何やかんや手伝ってもらって、なんだか学園祭のような盛り上がりである。出来ることは全部やった。魔王なんぞ、指先一つでダウンだ。まだゲームの中でしかお会いしたことはありませんが。


「その事なんだけどよ、お嬢」


 改まって、四人組から話がある、って呼び出されたんだけど。


「アリスちゃん。僕らね、僕らだけで行こうって、決めたんだ」


 え…





「私とヴィンちゃんは、みんなの邪魔したりしないよ?」


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。そういうことではありませんのですじゃ」


 自分たちだけで雪辱を果たしたいとか、そういうことではなく。彼らは、時間遡行した後、無事にこの世界線に帰って来れるか、そこを懸念していた。確かに、現在は200年前に前王朝が滅んだ世界で、200年前に魔王を倒してしまった世界線のその後とは違う。そんな世界に、私もさることながら、界渡りのスキルを持つ裕貴くんを連れ出すわけにはいかない。そして、裕貴くんには一方通行であちら側に送ってもらうだけにすると、彼らは帰って来る手段を持たない。


「そんな…」


「これは、みんなで決めたことなんだ。悪ぃな、お嬢」


 彼はニッと笑って、私の頭をくしゃくしゃにした。


「フェリーチャ、あなたは残っても良いのですよ」


 アンナさんは困ったような顔をしているが、


「姉上、今更だぜ。ここまで来て、俺が引き下がれるかよ」


 フェリックスうじも、言い出したら聞かないおとこだ。


「アリスちゃん。僕、本当に君に感謝してるんだ。君がいなければ、殿下を護る力を身につけることも、雪辱を果たす機会も、得られなかった」


 デイヴィッド様が、これまで見たことのない、優しい目をしている。そんな、彼とは良い友達になれそうだったのに。


「てか別に、私この世界に帰れなくていいし!」


 そりゃ、ブリジットも裕貴くんも閣下もエリオットうじもいる、この世界は大好きだけど。でも私はもっと…


 あれ?もっと、何だ?


「アリス。時間は、ゆかりある者しかさかのぼれん」


 ムキになって彼らに詰め寄ろうとした私を、ヴィンちゃんが背後から制した。


 こうして、私は憧れの200年前の世界に旅立つことは、できなかった。

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