第84話 答え合わせ(1)

 たったこれだけの状況証拠を前に、二人で唸っていても仕方ないので、とりあえず翌日、フェリックスうじを孤児院で見つけ、引き取って来た先代さんに話を聞くことにする。


 フェリックス氏には、「絶対部屋に男を入れるな」と釘を刺されたが、ヴィンちゃんのことについては「ぐぬぬ」って言ってた。


 自分と契約したドラッヘは、絶対に自分の命令に背くようなことはしない。というか、普通竜っていうのは、契約主の魔力を使役しやすいように擬似人格と竜の姿を与えたものだ。だがしかし、ヴィンちゃんは別系統っていうか、龍神だからなぁ。留学中には女子寮で暮らしていたため、いざとなればブリジットと裕貴セシリーくんがいたわけだけど、今は一人部屋だし、ヴィンちゃんは普段人間の姿をしているし。更に、現に皇国の水龍くんは契約主と子孫を残していたわけだし、彼が心配してくれるのも分かるんだけど。


「ヴィンちゃんは、人生の一回や二回、百年二百年くらいなら待つって言ってくれるよ?」


「…随分スケールのデカい話だな…」


「あと、赤い竜と黒い竜が、私のことつがいだって言ってたって」


「ぶっ」


 フェリックス氏が真っ赤になって吹いた。慌てて何か言おうとして、


「…まあ、俺がつがいっていうのは、名目上はお嬢の夫だからな。だけどお嬢、デイヴィッド坊ちゃんだけは、絶対部屋に入れんなよ」


「分かったってば」


 そう言って、彼は去って行った。




 翌日、フェリックス氏が先代さんにアポを取ってくれだのだが、案内された先は、諜報対策の施された、例の軍議室。そしてそこにはデイヴィッド様と、奥さんのアンナさんもいた。彼は私に向けて陽気な笑顔を向けた後、


「で、カイル。父上でなく、僕に話って、何かな」


 顔つきも声色も変わる。改めて彼こそが、次期辺境伯だって思い知らされる。隠密を集めてこの部屋を使うってことは、そういうことらしい。てか、先代さんって、カイルって名前だったっけ。最初会った時に鑑定したっきりだ。


「昨日のアリス様とフェリックスからの質問、それにはデイヴィッド坊っちゃまにも関わりがありましてな、これを機に話しておこうと思いましたのじゃ」


 彼はフェリックスうじを呼び、服を脱がせた。背中には、昨日見た蝶の羽のあざ。そして、続いてアンナさんがフェリックス氏の隣にやって来て、スリットの深いスカートから、脚の付け根を覗かせた。めっちゃエロい。そしてそこには、蝶の羽。二つ揃うと、うっすら光って見える。


「同じ形の痣…」


「まだ思い出さぬか、ダヴィード・・・・・


 一時停止したデイヴィッド様が、見る見る目を見開いて行く。同じ様子だったフェリックス氏が、震える声で搾り出す。


「…姉上…なのか…」


 アンナさんは、いつものミステリアスな笑顔とは違い、ちょっぴり困ったような、泣きそうな顔をして、微笑んだ。


「フェリーチャ。久しいですわね」


「そんな、まさか…フェリチャーナ殿下…」


 デイヴィッド様は、何かに取り憑かれたようにフラリと立ち上がる。


「ふふ、ダヴィード。私はもう殿下ではありませんよ」


 彼の目からつうっと涙が伝う。そしてアンナさんの足元にひざまずいた。


「殿下。わたくしめの力及ばず…」


「もう良いのです、ダヴィード。お前はよく仕えてくれました」


 ヤバい。たった数分間で、情報量が多すぎる。




 改めて円卓に着き、アンナさんことフェリチャーナ殿下とカイルさんから説明をいただく。なお、デイヴィッド様は最初上座かみざに座っていたが、どうしてもと譲らず、今はアンナさんの背後に控えている。いつもと位置が逆だ。


 彼らは200年前、一度魔王に敗れた世界線の、5ファイブの面々だった。5ファイブでは、最終戦で勝利すれば、魔王を退けて平和なエンディング、敗北すれば旧王朝は壊滅、ヒロインが最後の力を振り絞って辛うじて魔王だけは封印するエンディングを迎え、力尽きる。いずれにせよ、魔王は界渡りの宝玉ビーコンを神殿ごと埋めて、無印「ラブきゅん学園♡愛の魔王討伐大作戦♡」に繋がるようになっているのだが。


 アンナさんことフェリチャーナ殿下と、先代こと前王朝に駐在したエルフの大使、キール。彼は天文学に優れ、時折星読みの間に行くとアドバイスをくれるキャラであるが、同時に攻略対象の一人である。忍び寄る魔王の影にいち早く気づき、内々に調査と対処を進めていたのは、彼らの世界線では、この二人だったみたいだ。やがて近衛騎士ダヴィードを仲間に加えて魔王の討伐に挑んだわけだが、失敗。最後はフェリチャーナが、自らの命と引き換えに魔王を封印した、ということだ。だがしかし、


「我らが魔王を刺し切れなんだ場合、200年後にはまた魔王は復活する。それで我らは、200年後の今に合わせて、こうして集まりましたのじゃ」


 フェリチャーナとキールは、魔王戦に先んじて、自分たちが魔王を倒し切れない可能性と、その先の未来を見据えていた。ゲームの中では、そんなシーンは無かったはずだが。魔王戦の中で倒れたダヴィード、そして魔王に捕まる前に時空を超えて逃がした妹姫のフェリーチャ、この二人が、200年後の復活の時に合わせて、また生まれて来る。その彼らを無事に保護して育てるために、キールは魔王戦から140年後に、人族として生まれ変わって来た。


「私はこれで7度目です、アリス様」


 アンナさんことフェリチャーナ姫は、穏やかに笑った。200年の間、これで7回目の人生だそうだ。ちょっと待って、一回当たりの人生が、短くないか。


「ええ。最初のうちは、農村に生まれて口減しに遭ったり、騙されて奴隷にされたり致しまして…」


 なんせ世間知らずでしたので、とアンナさんがちょっと照れたように笑う。いやそこ笑うところじゃないから。とにかく、前世からゲームの記憶を引き継いで転生した私と同じように、全ての記憶を保ったまま、彼女はこれで7度目の転生をして来たらしい。思ったより壮絶な話だった。

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