第83話 フェリックス来訪

 ノックの音がした。


「お嬢、起きてるか」


 外からフェリックスうじの声がする。


「どーぞー」


 あの後私たちは、旅の疲れも相まって、早速今日はそれぞれ休むことになった。約半年の留学と聞かされていたダッシュウッド城の人たちは、私たちの早々の帰還にびっくりしていた。ダニエル様はグロリア様にデレデレとした顔を向け、アーネスト様はデイヴィッド様の顔を見て本当に嬉しそうだ。彼の隣には、元婚約者兼、現婚約者のリリーさんがいる。彼らがデイヴィッド様の不在を埋めていたらしい。早速デイヴィッド様と三人で、打ち合わせを始めていた。


 一方、デイモン閣下とブリジット、エリオットうじ裕貴セシリーくんは、それぞれ新居に戻って行った。彼らは新婚だ。男女別の留学生活で色々溜まっているだろう。励んでいただきたい。浮いた話の一つもない私は、寮棟に与えられた自室で不貞寝ふてねである。


「邪魔するぜって…あの野郎は?」


「ヴィンちゃん?ヴィンちゃんは山へ芝刈りに行ったよ?」


 一応ダッシュウッド領の守護神的なことをしてくれるようなので、下見らしい。


「おいお嬢、女一人の部屋に男なんか入れんなよ!」


 何言ってんだ。自分が訪ねて来たんじゃないか。


「えー、だってフェリックスうじ、私の旦那様なんでしょお?」


「…!っ、そうだけど!」


「別に大丈夫だよぉ。このお城に、私のこと取って喰おうみたいな人いないじゃん?」


「そんなことねぇよ!」


「だって私を訪ねて来るって言ったら、デイモン閣下とかエリオットうじとか」


「来たら入れんのか」


「え、入れるでしょ」


「ダメだろ!」


 何でダメなのか。


「じゃあダニエル様やデイヴィッド坊ちゃんが来たら」


「え、断れなくない?」


「ダメだろ!」


 何でダメなのか。あ、デイヴィッド様はちょっとヤバいかも。踏まねぇぞ?


「大体アイツヴィンちゃんがいない時に男を部屋に入れるなんざ…待てよ、逆にアイツと二人きりで大丈夫なのか?」


「ああ、ヴィンちゃん?ハウスって言ったらちゃんと消えるよ?」


「そうじゃなくて」


「なんかつがいがどうとか言ってたけど、順番が回って来るまで待ってるって」


「はぁ?!」


 なんかお説教モードになってきた。グロリア様、裕貴くんに続いて、フェリックス氏もオカンのようだ。ジェットストリームオカン。


「オカンじゃねぇし!」




 散々話が逸れたのち、本題に戻った。


「ちょっと見てくれ」


 フェリックス氏がいきなり目の前で脱ぎ出した。ちょ、他の男云々うんぬんより、フェリックス氏の方がヤバいのでは。


「ヒッ…」


「ああ悪ぃ。これなんだがよ」


 彼は背中を向ける。彼の右の肩甲骨に、蝶の羽のあざ。間違いない、これは双子姫の胸元にあった痣と、同じ形のものだ。


「帰りの馬車ん中で、痣のこと話してたろ。あと、これ」


 彼が差し出したのは、一着の古ぼけたドレス。


「先代が俺を見つけて拾った時に、俺が持っていたらしい」


 ドレスの裏に刺繍された、Feliciaの文字。彼はこのドレスに包まれて、孤児院の前に遺されていた。


「フェリシアって、女の名前だろ。だから俺は、男の名前に直して、フェリックスって名付けられたらしいんだが」


 フェリシア。イタリア語読みで、フェリーチャ。5ファイブのキャラ名は、全員イタリア語っぽい名前になっている。ひょっとして彼は、フェリーチャ姫と何か関係のある生まれだったのだろうか。

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