第81話 閑話・アナザーカップル2(IFストーリー)
ご注意。
ちょっと乱暴な表現があります。
現実世界でやったらダメゼッタイなヤツ。
フィクションですので、くれぐれも真似をなさらないよう、よろしくお願いします。
✳︎✳︎✳︎
そんなある日。
彼には隠密を一人付けていた。領都は治安もいい。油断していた。隠密が、血相を変えて飛び込んできた。彼が行方不明になったと。
僕らは領都に飛び出した。後で他の隠密が、弟たちのパーティーにも応援を要請してくれたらしい。彼は廃屋の地下で見つかった。夜のうちには運び出される予定だったようで、発見がもう少し遅れたら、二度と会えなかったかもしれない。彼を発見したのはエリオット。彼が会ったと思われる関係者を片っ端から精神操作して、居場所を割り出した。多少複雑だが、ここは素直に彼に感謝するしかない。
彼らのレベルは400を超える。もちろん
彼が意識を取り戻したのは、深夜だった。最初は上手く思考が働かないようだったが、僕の顔を見て、大粒の涙を流した。
「…ごめん…」
思わず抱きしめると、彼は腕の中で小さくなって、自分の迂闊さを責め、ずっと謝罪を繰り返している。違う。彼をこんな目に遭わせたのは、僕の責だ。だが、どんな言葉を掛けても逆効果で、彼はずっと申し訳なさそうに…そうだ。僕の妻になってから、彼はずっと申し訳なさそうにしていた。ここしばらく、以前のような快活な姿を見ていない。一体僕には何が足りないのか。そんな僕に、彼はこう言った。
「デイヴィッドごめん…俺と別れてください」
一瞬何を言われているのか、分からなかった。気付いたら、彼を乱暴にベッドに縫い付けていた。そういえば、彼を見つけた時、彼の着衣は少し乱れていたかもしれない。彼を失っていたかもしれない恐怖と、今まさに失いつつあるという絶望、そして自分以外が彼を蹂躙したかもしれないという怒り。いろんな感情が一気に湧いて来て、自制が効かない。きつく目を閉じて歯を食いしばる彼に構わず、僕は無理やり口付けた。自分でも最低だと思う。だが自分で自分を止められない。
誘拐未遂に遭って傷だらけの彼に、痛みと共に自分を刻みつけていくことに、不思議な愉悦を感じる。積み上げて来た信頼、関係、これで全て台無しになるだろう。だが、手から滑り落ちて消えてしまうくらいなら、めちゃくちゃに壊してしまいたい。彼が感じるのが苦痛であっても、もう構わない。一生忘れられなくしてやる。
その時、彼の体が淡く光った。そういえば、彼には自動回復のパッシブスキルがあった。これまで目立った怪我を負うようなことがなく、実際目にしたのは初めてだが、体の表面に無数にあったかすり傷が、見る見る消えていく。一定以上のダメージを負った時点で発動するはずだが、その決定的なダメージを自分が負わせたのだと思うと、何もかもがやるせなくなる。全てが終わった。いや、自分が終わらせたのだ。
しかしそれと同時に、彼女の光のエネルギーは、唇を通して僕にも注がれた。そこから激しい高揚感と多幸感、そして根拠のない万能感が流れ込んでくる。何だこれは。絶望に
一方、彼の方にも変化が見られた。びくりと体を震わせたかと思うと、見る見るうちに全身が紅潮し、うっすらと汗ばみ始めた。
「あ…熱…っ…」
彼の魔力と入れ替えに、僕の魔力が彼の中に吸い込まれて行く。熱い熱感を伴った炎の魔力に、彼が
「あっ、デイヴィッドぉ…」
一旦唇を離すと、熱く潤んだ瞳で名前を呼ばれ、僕はさらに激しく口付けた。そういえば僕たちは、キスもまだだった。初々しく反応する彼に、大人のキスを教えてやる。何度かそんなことを繰り返しているうちに、彼は意識を失った。魔力切れを起こしたようだ。結界や魔道具で、散々魔力を搾り取られた後だったのだ。いかに常人離れした魔力量を誇るとはいえ、あれだけ念入りに魔力を抑えられては、ひとたまりもないだろう。そしてわずかに回復した魔力を、僕が削り取ってしまった。
しかし、彼が魔力切れを起こさなければ、僕はいつまでだって彼を貪っていただろう。光の魔力の向精神性は危険だ。ひょっとすると、闇属性の魅了よりも危険かもしれない。教会がこぞって光属性の者を囲う理由が分かった。彼らは神の御使いたるヒーラーを育成するため、と
それから、彼は深い眠りについた。僕は、疲労の割に、うまく眠れなかった。彼が目覚めたら、何と声を掛ければいいのか。自分から全て打ち砕いておいて、今更ながら、腕の中の華奢な少女の姿をした彼を手放したくない。髪を掬っては、口付けて。僕にはもう、そんなことしかできなかった。
しばらくうとうとしていたらしい。気がつくと、蒼玉の瞳が僕を覗き込んでいた。僕と目が合うと、真っ赤になってシーツの中に潜り込んだ。
「ユウキ…目が覚めたんだ」
一拍、二拍置いてから、シーツの中から「…おはよ」という声がする。
…うん?何か、僕の想定と違う反応なような。
そっとシーツを
「あっあのっ…見ないで…!」
僕は呆気に取られた。これではまるで、初夜の翌朝ではないだろうか。
「だって君は、僕に別れてくれって…」
「だって俺、妻としてもダメダメだし、仕事だって上手く行かなかったし、迷惑もかけちゃったし、その…」
彼は何を言っているのだろう。
「俺、半分男だし、こんな俺、相手にできるわけないし。でも君だって男だし、ちゃんと、女の子がいないと、その…」
彼は何を言っているのだろう。
「だって君、エリオットが忘れられないんじゃ…」
「だってデイヴィッドが、あんなすごいことするから!!」
彼は真っ赤になって言い放ち、再びシーツの中に潜って行った。
ちょっと待て。どういうことだ。
話を擦り合わせると、つまりこういうことだ。僕は彼がエリオットを忘れられずにいるようなので、無理に手を出すことはやめた。しかし彼は、未だエリオットを忘れられない自分は、夫に見向きもされず、妻としての努めも果たせず、追い詰められていたらしい。教会関係者に手引きされたのも、実は出家の準備を進めていたからで。出家でもしたら、離婚の言い訳も立つし、僕は新しい妻を迎えられるだろう、ということらしい。
僕は判断を誤っていた。前の男が云々は置いておいて、さっさと初夜に彼を頂いていればよかった。僕が上書きすればよかったのだ。いつもならそうするのに、どうして今回ばかりはあんなに
しかも彼も彼だ。よもや修道院に出家まで考えていたとは。あれだけ僕らと親密になっておきながら、黙っていなくなる算段だったなんて、許せない。彼にはお仕置きが必要だ。とりあえず、向こう一週間の予定は全てキャンセルして、誰の元から逃げようとしたのか、果たして逃げおおせる相手なのかどうか、思い知らせてやらねば。
その後、彼にはきっちり「貴族の妻の務め」を果たしてもらった。最初は、逃げ出す気など起こさせないような激しいものから、緩やかだけど足腰が立たなくなるような
教会は、ギチギチに詰めておいた。彼らもダッシュウッドとギャラガーを敵に回すほど馬鹿ではない。今回、妻の出家希望と合わせて、あわよくば自分の手元に奪おうとした幹部、奴は学生時代から彼を狙っていたそうだが、教会は彼の首を物理的に差し出し、両家の怒りを鎮めようとした。僕と母は、これを機に彼らの勢力を徹底的に圧縮しておいた。何をどうしたとは言えないが、今後同じようなことは多分起こらないだろう。
弟の部下のエリオットに
昼間の彼は、至極理知的で頼もしい。だが裏で彼は、支配されて暴かれるのを好む。普段、普通に営んでいる時には可愛い声で甘えてくるのに、彼をユウキと呼び、かつての彼を思い起こすような言葉を投げてやると、真っ赤になって声を抑えようとする。そのくせ身体は一気に
「ふふっ。ユウキ、こんなところにピアスなんか付けられちゃって、いやらしいなぁ」
「!!!」
これだけで真っ赤になってしまう彼が、とても愛おしい。そもそも彼は思い違いをしているようだが、僕はセシリーとしての彼女よりも、ユウキとしての彼の方を望んでいる。男としての彼が、男に支配され、寵愛を受ける。彼の中の
エリオット、ありがとう。最初は君をいささか恨んだものだが、君が選ばなかった彼は、僕の最高の宝物だ。
という夢を見た。
確かにセシリー嬢は魅力的な少女だ。彼女だけでなく、彼らのパーティーの女性陣は、皆何気に美女ばかりだと思う。今のところアリス一筋ではあるが、アリスの代わりにセシリー嬢やブリジット嬢が僕に宛てがわれていたら、よろめかない自信はない。
あんな夢を見た直後だ。廊下でエリオットとセシリー嬢に会った時、つい彼女を目で追ってしまった。するとどうだ。エリオットの瞳が紫色にカッと光り、僕を殺さんばかりに射抜いてきた。
かつてアリスが言った。エリオットだけは怒らせてはならない。なんせ闇属性スキルは、状態異常や即死など、危険極まりないものばかり。代わりに命中率や成功率が低いのが難点というか救いなのだが、コイツは脅威の
我が家でも闇属性の切り札として、フェリックスとアンナの二枚を持っている。彼らの力はあまりに強力すぎるため、ここぞという時にだけ使うようにしている。しかも闇属性の魔力の特性として、成功率にはいささか問題があるため、時間を掛けて何度か接触させる必要があるため、任務には常に危険が伴う。だから彼らの起用には慎重にならなければならない。それを、即時完璧に成功させる力があるなど、あの気弱な少年が、何というモンスターに化けてしまったのか。
「…私の妻に、何か」
彼の耳には、セシリーの瞳の色である蒼玉をあしらったピアスが。そしてセシリーの耳には、エリオットの瞳の色である紫水晶をあしらったピアスが。僕の色じゃない。そう、彼女はとっくに、エリオットのものだ。
「素敵なピアスだね。僕も真似させてもらおうかな」
エリオットは剣呑な空気を引っ込めて、いつもの穏やかな調子で「ご随意に」と去って行った。危なかった、命拾いした。そして夢の中ではあんなに情熱的に僕を見つめた彼女が、エリオットの隣で幸せそうに微笑んでいるのが、ちょっと切なかった。
僕はその足で、細工師の工房に向かった。
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