第80話 閑話・アナザーカップル1(IFストーリー)
このルートはもしもエリオットとアリスがくっついたら、彼らがペアになるだろうという話です。
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成り行きで、特待生セシリーと婚約することになった。彼女は元平民だが、架空のダッシュウッド子爵家の養女にしてあるので、身分的には問題ない。
母グロリアの因縁により、弟デイモンたちが王宮の舞踏会に出席。その流れで、学園祭での模擬戦が決定した。模擬戦に出場したのは、アリス・アクロイド。我がダッシュウッド辺境伯家配下の末端の子爵家、その長女だ。家中が騒がしくしていたので、ちょっと好奇心が湧いて、お忍びで模擬戦を覗きに行ったところ、その圧倒的な強さに思わず
彼女は早速、僕とアーネストと一緒に、僕の執務室で仕事をするようになった。彼女の実務能力はすさまじかった。弟たちの代で、常に首席を守った才能は伊達ではない。それどころか、彼女にもアリス嬢同様に異世界の記憶があるのだが、その有用性が想像を遥かに超えていた。アリス嬢によれば、彼女は前世においてもたった一握りのエリートであったという。これはひょっとしたら、ものすごいお宝を掘り当てたかもしれない。
彼女の前世での名は、ユウキ。ちょうど僕たちと同じくらいの年頃の青年だったという。彼は豊富な知識を持ち、また教えることも上手かった。学業を修める
「ユウキ、君、本当教えるの上手だよね」
「いや、君たちが優秀なんだよ。俺、そこ何度も復習して、やっと覚えたんだから」
僕たちは、すぐに打ち解けた。貴族学園は貴族界の縮図。僕もアーネストも、
「アーネスト、ナイスフォロー!次、右のヤツ頼む!」
「任せろ!」
指示も的確だ。褒めて伸ばすのが上手い。本来ならこの辺りのモンスターくらい、彼一人で難なく倒せるはずだが、僕らの成長を見越して、連携や技能を伸ばすように采配してくる。
「デイヴィッド、あれ一人で行ける?」
「君、人使いが荒いね!」
僕にはちょっと荷が重い感じの奴を振ってくる。分かってるじゃないか。お互いニヤリと笑って、それぞれのターゲットに向かう。こんなに心が躍るのは、生まれて初めてかもしれない。これまでは、決められた通りに辺境伯になって、そのまま国と領民の部品になって生きていくんだと思ってた。だけど今は、毎日が楽しい。僕が彼に夢中になるのに、そう時間はかからなかった。
一方で、彼を落とすことには難儀した。なんせ、彼は男だった記憶も女である自覚もある。ゆえに、男も女も恋愛対象として見られないらしい。しかも
「俺、気持ちを切り替えるのが下手でさ」
彼の心の中は、まだエリオットが大きく占めたままだ。彼のドレス姿を見て、電撃的に恋に落ちたのだが、彼には拒絶されてしまった。にもかかわらず、いつまで経ってもエリオットから目が離せない。デイモンとパーティーメンバーの身の回りで、如才なく裏方を取り仕切り、目に見えないところで何度も助けられている。それに気付かされるたびに、彼の虜になっていくが、彼の瞳にはアリスしか映っていない。
「…重いんだよね、俺」
ダメだな〜と苦笑いしながら、話を打ち切ろうとするユウキ。これが女ならば、その弱気に付け込んで簡単に落とす自信はある。だがしかし、彼はエリオット以外には男にも女にも心を閉ざしている。恋愛では一切悩んだことのない僕が、初めて壁にぶち当たった。
いや、まだ焦る必要はない。とりあえず、婚約は結んでしまったし、間もなく婚姻も整うことになっている。時間をかけて、鍵穴を見つけて、ゆっくりとこじ開けていけばいい。
その機会は、意外に早く訪れた。
盛大な挙式を行い、その夜。
「あの…えっと」
薄物を着せられ、嫌でも初夜を意識させる自分の格好に、彼自身が一番困惑している。
「ふふっ。そんなにかしこまらなくていいよ。恥ずかしいなら、僕のでよければ、パジャマ貸そうか?」
「…よかった。上着だけ、借りてもいいかな」
安心して息をつき、彼は僕のシャツを羽織った。実はそっちの方が余計扇情的なのだが、彼は気付いていないのだろうか。
「前にも言ったけど、僕は君が嫌がることをするつもりはないよ。後継ならデイモンの子でも、アーネストの子でもいいんだからね」
「…うん」
三人で仕事を始めて、すぐに気付いた。アーネストがユウキのことを、時々熱のこもった視線で追いかけていることを。彼は精神的に幼い両親に育てられ、自己肯定感が上手く育たなかった。そんな彼が、美しく賢明なユウキに肯定され、教え子として慈しんで受け入れられたら、それは惹かれない方がおかしいだろう。
僕は早速、彼のユウキへの恋慕を断ち切るために動いた。彼の元婚約者は、元王妃失脚の煽りを受けて、家ごと平民落ち。家族はそれぞれの身内を頼り離散。亡き母が
僕は母グロリアを頼り、彼女を母方のギャラガー侯爵家の養女にしてもらい、改めてアーネストと引き合わせた。元々お互いに淡い想いを持ち合わせていた二人は、現在婚約状態にある。彼の両親は、親としての資質には欠けていたが、貴族としては実に貴族らしい貴族だ。格上の家の養女、しかも宗主家の
「今日はもう疲れたろう。君はベッドで休むといい。僕はソファーででも眠ることにするよ」
「そんな、ダメだよデイヴィッド。俺がソファーで寝るから」
「女の子は、体冷やしちゃダメだろ」
彼も強情で、お互いソファーを譲らないものだから、二人してベッドで休むことにした。
「ふふっ。結婚しといて何だけど、君とこうして同じベッドで寝ることになるとはね」
「…ごめん」
「何で謝るのさ」
「…貴族の妻になるってことは、そういうことだろ。俺が特待生で、周りからどういう目で見られて、君たちがこうして保護してくれなかったら、今頃どうなってたか、今なら分かるからさ」
彼は学園時代、裏社会を経て教会関係者に売られそうになっていた過去がある。そうでなくても、元々特待生制度とは、優秀な平民を、貴族同士が裏で「いろんな目的で」競り落とす仕組みである。当然我がダッシュウッド家も、彼を下心無しの慈善目的で保護したわけではないが、それでも他の勢力に落札された末路よりは、マシだったかもしれない。
「まあ、いいんじゃない。その分君にはこれからもバリバリ働いてもらうしね」
期待してるよ、と目線を向けると、彼は思い詰めた表情をしている。
「俺…どうしたらいいか、分かんないんだよ。このままじゃダメだって分かってるんだけど、でも、エリオット様のことは忘れらんねぇし…こういうの、夫である君に言うことじゃないんだけど、でも嘘つくのも嫌だし…」
彼がなぜ、希少な光属性を持ってこの世に生まれて来たのか、分かる気がする。誰だって、裏では何を考えているか分からないものだ。忘れられない恋の一つや二つはあるだろうし、違う相手を想いながら騙し騙し付き合うこともある。そんなことに、罪悪感を抱く必要なんてないのだが。じわじわと瞳に涙を溜める彼に、声を掛ける。
「とりあえず、泣きたい時には、泣いたらいいんじゃないかな」
彼は僕の胸で、声を押し殺して泣き始めた。腕枕をしながら背中をさすり、髪を撫でながら思う。ああ、やっと堕ちた、と。善良な彼は、正直で誠実な気持ちを僕に向けてくれているが、僕はこうして彼をあやす裏で、そんなことを考えていた。
それからしばらく、彼とは同じベッドで眠るだけの、奇妙な同棲生活が始まった。彼には、新婚という体裁を保つために、この部屋で寝泊まりしてもらわなければならないこと、そしてお互いソファーを譲らないなら、ベッドで眠るしかない、と合意を取り付けた。本当はすぐそばにゲストルームも、隣にコネクトルームもあるのだが、敢えて彼には伝えない。
女性としてすこぶる魅力的な体を持つ彼の隣で平静を装って眠ることは、困難を極めた。だが、あと少し。もう少しだ。彼がすっかり安心して、心のガードを取り払うまで、下心と欲望を
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