第79話 閑話・エリオットルート(IFストーリー)

IFシリーズです。

エリオット×アリス、絶対あり得ないルートですが、コイツらくっついたらどうなってたかな〜っていう。

正史の裕貴セシリールートと比べて多少鬼畜っぽいですが、多分こっちが本来の彼だと思います。

ドン引きしたらごめんなさい。


✳︎✳︎✳︎




「えーと、じゃあ、その、不束ふつつか者ですが」


「こちらこそ、どうぞよろしくお願いしますね」


 今日は結婚式。相手は、同じ辺境伯家を寄り親とする、アクロイド子爵が長子、アリス・アクロイド。貴族学園でパーティーを組み始めてから、もうすぐ二年になろうとしている。やっとだ。私はこの時を、ずっと待っていた。


 きっかけは、ほんの些細なものだった。同じダッシュウッド傘下の子爵令嬢が、ダンジョンで荒稼ぎしているという知らせが入り、あるじのデイモン様とともに探りを入れるために面談。すると彼女は、侍女を入学させるためにその資金を稼いでいるという。学費の工面ならば、実家を通して話をつけるのが普通だと思うが、何を思ったか、二年の九月という時期から、自力で稼ぎ始めるとは。それも猛烈な勢いで…冒険者ギルドで話題になり、すぐさま我々の耳に入るほどに。


 彼女らのお手並みを拝見するため、早速デイモン様と共に四人パーティーを組み、いきなり中級ダンジョンに潜ることとなったが、何もかもが驚きだった。我々の能力を数値として視覚化できること。数日前からダンジョンに入り始めたばかりだというのに、全ての敵を危なげなく先制完封して、傷一つ負わずに高速で倒して回るスタイル。ものの数時間で、私たちがこれまで必死で積んだ経験を、いとも容易たやすく塗り替えていく。何より、常に周囲から憐憫れんびん侮蔑ぶべつを受け続けた主と私の属性について、伸び代と可能性しかないと。


 私たちは、夢中になって彼女の教えを乞い、果たして驚くべき成長を遂げた。その成長の過程は、ほとんどが氷のダンジョンにおけるアイススライム狩りで、彼女がスライムを狩る間に、我々はあるじのスキルで建てた隠れ家ブンカーの中で、課題に取り組んだり、カードゲームに興じたり、それは奇妙なものであったが。


 先日まで、脆弱ぜいじゃくな土壁を作ることしかできない土属性スキルを諦め、ひたすら剣を稽古していたあるじ。そして、わずかな幻を見せるだけの私。この二人が、巨大なゴーレムを操り、頑強な砦を一瞬で建て、強大な雷で敵を一掃できるようになるなど、誰が想像したであろうか。


「まだまだ、闇属性のポテンシャルはこんなもんじゃないよ☆」


 そう言って、スライムが湧いたら元気に飛び出して行くアリス。そんな彼女に、心を奪われない方がおかしい。


 一方、あるじのデイモン様は、侍女のバートン準男爵が四女、ブリジットにご執心な様子だ。ならば話は早い。私たちの計画は、かなり早い段階から始まった。即座に本領とコンタクトを取り、彼女らの有用性を伝えると共に囲い込みの打診、そして婚約・婚姻までのロードマップを組み立てた。


 やがて我々は、特待生のセシリー・クラムを加えた五名で、冬には魔王の復活を阻止し、春には風の超級ダンジョンへ挑む。氷のダンジョンで産出したスキルの種子しゅし同様、国宝級の装備が余るほど手に入る。いや、問題はそこではない。彼女がいかに楽しそうに、簡単に、易々と、それを行うことか。私たちも夢中になって、狩に興じた。先日まで、自分にまったく価値が見出せず、すべてが灰色の道を、歯を食いしばってもがきながら進むしかなかったこの世界を、彼女は鮮やかに塗り替え、私を簡単に高みまで運び去る。これまでの人生で、欲しいものなど何もなかった私が、初めて何がなんでも手に入れたいと思った。それが彼女だ。




 夏休みには、ダッシュウッド辺境伯から呼び出しがあり、私たちは皆で帰領した。実のところ、呼び出しというよりは、これは最終面談だ。もう水面下で、縁談の取り決めは交わされ、根回しは済んで、後は辺境伯ご本人に彼女らをご覧に入れる、といったところ。そして誰に見られるか分からない書状では伝えられなかったことを伝えるためだ。デイモン様のお父上たる辺境伯は、私たちの得た力や宝物に度肝を抜かれたようだが、のちに「でかした」とお褒めの言葉をいただいた。そして、これまで以上に彼女らの囲い込み工作は、スムーズに進んだ。


 夏休みが終わってすぐ、舞踏会からの学園祭。この辺りは少し身辺がゴタゴタしたが、全てが良い方に作用した。私たちが目立った大立ち回りをしたせいで、山のように縁談が舞い込んで来たが、それを阻止する名目で、デイモン様とブリジット嬢、私とアリス、そしてセシリー嬢と架空の人物・ダッシュウッド男爵との婚約が発表された。実はあの学園祭の時、お忍びで上京したデイヴィッド様が、模擬戦とその後の見事な采配を見てアリスを見初めたそうだが、彼が彼女の獲得に動いた時には既に、私の計画は終わっていた。もし彼が、私と同時に彼女と出会っていたら、いや、ダッシュウッド家での最終面談の前に彼女を見初めていたら、全てがひっくり返されていたかもしれない。彼は、自分の想定し得る中で、最も危険な策略家だ。天が私に味方した。


 そういえば、夏休みの超級攻略の途中、セシリー嬢からあからさまな誘惑を受けたことがあった。さすがに貴族社会も裏社会も目をつける美少女だけあって、私を籠絡する自信があったのだろうが、私には既に心に決めた女性えものがいる。はしたないことは止めるように、とたしなめた。その後彼女は大人しくなったが、彼女は彼女で有用な人材である。実在しないダッシュウッド男爵ことデイヴィッド様に宛がっておいた。彼ならば、彼女が気に入ればお手つきにするだろうし、気に入らなければ部下に払い下げるだろう。そのうち、彼女もアリス同様に前世の記憶を持ち、しかもアリス以上に有用な人物だったと分かり、その美貌も相俟あいまって、デイヴィッド様の関心はセシリー嬢に移った。彼女は前世が男性だったこともあり、男性にも女性にも興味がないようだったが、かのデイヴィッド様ならば、いずれ難なく落とすことだろう。




 さて、周囲への工作と同時に、本人へは何もせずただ手をこまねいていたわけではない。彼女らの身辺は、幼少期から抜かりなく調べ上げ、会話から読み取れる情報は、どんな細かいことでも収集して記録する。例えばブリジット嬢は、一見恋愛に興味が無さそうで、ヒロイン願望を隠し持っていること。


「いつか、に巡り会えると、いいですね」


 などと、会話に精神支配を織り込みながら、意識を誘導していく。一度で大きく曲げてはならない。小さく、小さく、水滴を一滴一滴垂らすように、じわじわと。恋愛に対して若干の忌避きひ傾向があるアリスには、


「アリスさん、弟君はお元気ですか。私にも兄がいるので、一度お会いしてみたいですね」


 と、一番抵抗のない存在の面影に、私を同化させる。


「はいはい、どうせのようなものですから」


に何を言われても気にしない、といった感じですね」


「気安くしていただいて構いませんよ。みたいなものなのでしょう?」


 こうして彼女は、私に平気でハグをしたり、私と食べ物を分け合ったりするようになった。まるで異性扱いされていないが、問題ない。


「弟のような私と婚姻を結ぶことになってしまいましたが…」


 申し訳なさそうな風を装う私に、


「いいのいいの!ほら、結婚ってなんか重いし怖いじゃない?弟みたいなエリオットうじが相手で、良かったよ」


 ウエディングドレスを着た彼女は、嬉しそうに、私にハグした。さあ、これから式場に入場だ。終わりの鐘が鳴っている。




「えっと…しちゃったね、結婚」


「ええ。ですが、今までと何も変わりませんよ」


「…だよね!」


 彼女は嬉しそうだ。初夜ということで、緊張していたのだろう。ぎこちなかった様子から、一気にいつもの調子に戻るのが分かる。


「ところでアリスさん。一つお願いがあるのですが…」


「何?エリオットうじ


「その、二人だけの時は、エリオットと」


「…うん」


「私は、これから夫婦として、少しずつ距離を縮めて行ければと思っています。無理に何かを押し付けるつもりはありませんが…」


 もう少しだ。


「その、口付けても、いいでしょうか」


「…!」


 ためらう様子を装いながら、彼女の頬に手を伸ばす。彼女は、聞き取れるか聞き取れないかの声で「うん」と言い、そして瞳を閉じた。


「ん…」


 その瞬間、私は精神支配の魔力を、彼女の内側から、遠慮なく送り込んだ。




(えっ、ちょっ…何これっ…)


 彼女と口付けていると、彼女の思考がダイレクトに伝わってくる。これまで精神支配のスキルを使った時には、かすかに読める程度だったが、今ははっきりと。


 精神支配のスキル、闇属性の魔力とは、すなわち魅了の魔力。表向きには、危険極まりないとして禁止されているが、裏社会では強力な切り札として使われている。そもそも闇属性持ち自体が希少で、ほとんどは裏の稼業に囲われるため、実際の闇属性の実態は世間には知られていない。なんだか使えないスキルしか持たない役立たずな連中、としか。半分は当たっている。闇属性のスキルは、序盤は微妙な効果しか持たず、かつ命中率や成功率が著しく低い。だが、アリスが言った。器用さを伸ばせば、闇属性は無敵であると。


 闇属性は、伸ばせば伸ばすほど、精神支配、精神破壊、魅了、その他状態異常、即死など、危険なスキルでいっぱいの、呪われた属性。それがもれなく正確に発動出来るなど、悪夢でしかない。自分でも分かる。これは人の手には過ぎた能力で、私のような者が手にして良いチカラではなかった。


 アリス。あなたは愚かだ。自分の手で、このような化け物わたしを生み出してしまった。


「はぁ…っ」


 彼女は悩ましい溜め息をついた。ほんのしばらく唇を合わせていただけなのに、身体中がゾクゾクと痺れている。そんな、私はキスだけでこんなになるまで、彼のことが好きだったのだろうか。彼女の思考の混乱っぷりに、愉悦が止まらない。


「…いきなり口付けなんて、驚かせてしまいましたね。それでは、今夜はこれで。おやすみなさい」


 額に軽く口付けると、私は自分の寝室へ赴く。熱く潤んだ瞳を茫然と見開いて、彼女は私の背中を見送った。


 そうして始まった彼女との新婚生活は、就寝前のキスが全て。その他はこれまで通り、いつも普通通りに起きて、普通通りにデイモン様の執務室に出勤して。彼女は城内の隠密や首脳陣たちと、ダンジョンアタックに出かける。これまでと違うところは、彼女は泊まりがけの遠出を避け、必ず当日中に帰って来るようになった。


 だが、彼女は自分からは言い出せない。男を感じさせない男を選び、散々弟扱いして、自ら男女の仲になるのを避けてきたのだ。今更私と関係を深めたいなどと、どう乞えばいいのか。


 こうして、可憐な妖精姫は、悪い蜘蛛に捕まってしまいました。後日じっくり美味しくいただきました。ご馳走様でした。




 彼女にとって、昼間の私は、「弟のようなエリオットうじ」。そう強く刷り込んである。しかし、初夜に約束させた「二人の時はエリオット」これでスイッチが入るようになっている。皆の前では普段通りの残念令嬢アリス、そして夜には魅了の奴隷アリス。これから彼女をどう虜にして、躾けていこうか。毎日が楽しみで仕方ない。


 奴隷には首輪が必要だ。妻に首輪を付けることはできないので、代わりにタリスマンをかたどったピアスを用意する。聖銀ミスリルのタリスマンは、魔力をよく通し、つがいで作ると、魔力の送受信に使うことができる。これは要人の位置情報や救援信号を送るのに、よく使われる技術だ。


「うわぁ、可愛い!」


 二人の瞳の色の石をあしらった二組のピアスに、彼女は無邪気に喜んでいる。お互いに付け合うと、


「似合うかな、可愛い?お揃いだね!」


 鏡と私を交互に見ながら、はしゃいでいる。これが何かも知らないで。


 位置情報と救援信号を送るものだ、ということは説明した。だが、魔力を送受信するということは、肉をんだピアスから、いつでも魔力が流し込めるということだ。もちろん、彼女の思考を読むことも。聖銀のピアスは、一度付けたが最後、外すことが非常に困難で、厄介な代物である。首輪や刺青よりももっとたちが悪く、血液を吸収し、持ち主の肉体とほとんど同化してしまう。


 昼間、私は執務室で勤務、彼女は他の者と冒険に出かけるが、時折彼女の思考を読んでは、魅了の魔力を送ると、彼女は面白いほど動揺する。周りの皆にいぶかしがられて、慌てるのも楽しい。そして帰って来る頃には、すっかり女の顔をしている。一応、戦闘中などは避けるようにしているのだが、本当はそういう時にこそ送ってみたい。いつか私も帯同することがあれば、その時には是非試してみようと思う。




 このピアスについては、主君のデイモン様が目ざとく見つけ、早速奥方に同じものをプレゼントしていた。そして間もなく、デイモン様の兄上のデイヴィッド様も、妻のセシリーに揃いのピアスを贈っていた。彼らの魔力は土属性と火属性なので、本来の救援信号の受信機能以外、闇属性のような用途・・は望むべくもないが、礼を言われるほど喜ばれたのなら良し。だがそれだけでは、なんだか申し訳ないので、一つ献策することにした。


「彼らの世界には、ボディピアスというものがあるそうですよ。聖銀ミスリルなら、なお喜ばれるでしょうね」


 最初は「そんなものがあるのか」という顔をしていたデイヴィッド様は、すぐに言わんとすることを理解して、「ありがとう!早速作らせてくる!」と満面の笑みで走り去って行った。その場に居合わせたデイモン様も、それを見て察し、「私も行って来る!」と走り去った。残されたデイヴィッド様の副官、兄のアーネストだけが、訳も分からずに困惑していた。


 後日、デイヴィッド様がわざわざデイモン様の執務室を訪ね、「あれは良かった!」と興奮気味に礼を言いにきた。前日、同じことをデイモン様にも言われたところだ。その後、かの兄弟は、競うかの如く次々とピアスを作らせ、妻に贈った。彼らもまた、可愛い妻に首輪を付けたくて仕方ないのだろう。当然私の妻にも、沢山の愛の証が輝いている。今日も妻の帰りが楽しみで仕方ない。




 という夢を見た。


 我ながら、何という夢だ。だがしかし、こういう未来が無かったとも言えない。ユウキセシリーと思いが通じ合う前に、少しでもアリスと距離が縮まるきっかけがあれば、あの夢の通りの道筋を辿ったかもしれない。これまで彼女に何の感情も持たなかったかといえば、嘘になる。


 そして、自分ならいかにもやりそうだ、とも思う。今はユウキが自分に対してストレートに愛情を表現してくるので、こういった部分が表に出ないだけで、彼がアリスのように、少しでも目を離すとどこかに消えてしまいそうな女ならば、迷わずああしていただろう。


 ただし、ピアスというのは良い案だ。別の世界線の自分、よくやった。さっそく細工師の工房に聖銀を持ち込もう。デイヴィッド様にピアスを付けられたユウキのことを、想像しただけで腹が立つ。ピアスを付けたら、散々魅了して甚振いたぶ…可愛がってあげようと思う。


 アリスと結ばれた夢を見た自分のことは棚に上げ、エリオットは早速二組のピアス、そしていくつかのボディピアスを発注した。それは、ダッシュウッド城におけるピアスブーム到来の先駆けであった。

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