第77話 その後の中央制御室

 結構な時間が経った。窓のない中央制御室の中では外の様子は分からないが、中央のモニターで時刻が分かる。もう深夜だ。一番のエネルギー供給問題はクリアしたのだが、彼はシステムの全てを把握したいという。あれからぶっ続けで端末にかぶりつきだ。しかもエリオットうじは、あろうことか彼の横から端末を見つめ、「ユウキ、これはこういうことですか?」などと質問を始めた。そして和気藹々とプログラミング講座が繰り広げられている。君はSEシステムエンジニアでも目指すつもりかね。


 いざという時の為に残ったものの、特にすることもない私は、腕輪アイテムボックスから時折軽食を差し入れしたり、その辺をウロウロしたり。都合の良いことに、中央制御室の隣には、宿直室のような数人が寝泊まりできる施設があった。備品などは何も残っていなかったが、寝台と少しの家具、何より水回りが生きていたのは嬉しい。先ほどのエネルギー注入で復活したようだ。ヴィンちゃんと交代でシャワーを浴び、寝袋なんかを用意して、もう寝ようと声を掛ける。彼らは「後もうちょっと」と粘るが、作業効率をかんがみると、一度睡眠を取った方がいい。幸い、宿直スペースは二つに分かれていたので、彼らはシャワーを浴びてから。私たちは先に休ませてもらった。


「そういえばヴィンちゃんさあ、私が死んだら、一緒に消えちゃうの?」


 昼間の水龍のことを思い出す。


「消えちゃう、という表現は正しくないな。我は既に人の輪廻の輪に入った。後はアリスと共に巡るだけだ」


「消えちゃうわけじゃないんだね。でもそうしたら、風神さんがいなくなって、この星って大変になるんじゃない?」


「我らは現象であり、現象が意識を持ったものが我らだ。現象そのものがなくならない限り、また別の意識がどこかで生まれる。水のがここで眠りについている間も、水そのものは変わらず存在し続けたであろう。今頃既に、次の意識が生まれているはずだ」


 ほえー。神様の世界にも、いろいろ事情があるんだなぁ。…あ、そういえば。


「あのさあ、神様と人間の混血とかも、アリなんだ?」


「そうだな。この国の者は、ほとんどがあの水と人の子の子孫になるだろう」


「ヴィンちゃんも、人間の女の子をカノジョにとかしたいわけ?」


「いや?人の子に興味はないが」


「じゃあ、神様同士で付き合ったりしないの?」


「せんな」


 龍ってどうやって繁殖してるんだろうか。


「ふぅん。じゃあ何で私と契約しちゃったの」


「面白そうだから」


「寿命めっちゃ減るのに?!」


「我はずっとああして漂っておった。どのくらいああしていたかは自分でも分からん。だがそなたが現れて、他の龍が言っていたことが分かった。これが我らの寿命というやつだ」


「なに、ヴィンちゃん割とお年寄りなの?」


「心が動く、とは、意識が目覚めるということだ。我には意識はあったが、今から振り返れば、あれは眠っているようなものだ。目覚めてしまえば、もう戻れんということだ」


「ふぅん…?」


 言葉が古いせいか、ヴィンちゃんの言うことはよく分からない。


「そなたが問いたいのは、つがいのことであろう。我が番に望むとすれば、そなたしかおらん。だがそなたには既に番がおるようだ。無理にそなたを求めることはせんよ」


「は?私に番?!」


「ほれ、あの赤いのと黒いの。あれらはどちらもそなたを番だと申しておるが、違うのか?」


「初耳なんですけど?!」


 てかヴィンちゃん、他の竜としゃべれるんだ?!そんなん、他人の思考を盗み聞きし放題なのでは…


「まあよい。我はそなたを番に望むが、そなたが望まぬなら無理にとは言わん。どうせこの先、輪廻を共にするのだ。人の子の生涯の一度や二度、百年や二百年くらいならいくらでも待とう」


「は?いや、生まれ変わったら誰だか分かんなくない?」


「何度生まれ変わろうと、我はこの先ずっとそなたに付き従う。魂の契約とはそういうことだ」


 なん…だと…。


 快適な空の散歩を楽しみ、怪しいお兄さんをとりあえず「ヴィンちゃん」と呼んだだけで、このような事態を招いてしまうとは。裕貴くんにめっちゃ怒られたことを思い出したが、後の祭りである。…この話したら、また怒られるんだろうなぁ…。




 翌朝、のろのろと起き出した時には、既に彼らは端末の前でキャッキャウフフやっていた。


「そうそう。エリオット、本当に飲み込みが早いね」


「そんな…ユウキの教え方が上手なだけで…」


 ああ、割り込みにくい。お邪魔しますよ、お茶入りましたよ…。


「あ、アリスさんおはようございます。ちょっと見てください、面白いモン見つけたっスよ」


 裕貴くんは、スーパーハカーがアレしそうな文字だけの画面に何やら打ち込み、新しいウィンドウを開いた。そこにはこの船の見取り図と、いくつかのコマンドが表示されている。


「アリスさん。例のブレイごっこ、リベンジしたくないっスか…?」


 悪魔の囁きが聞こえた。




「おっはよ!アリスちゃん、調子どう?」


 デイヴィッド様がやって来た。様子を見に、ついでに迎えに来てくださったらしい。フェリックスうじ、デイモン閣下、ブリジットも一緒だ。


「あ、いや、あはは」


 彼らが見たのは、壁面の巨大モニターに映し出された、例の魔導兵器。そしてあの兵器に今まさに勝利しようとしている、エリオット・セシリーペアである。二人とも後衛キャラではあるが、裕貴セシリーくんがバフ盛り盛りで剣を持って突っ込み、エリオット氏は後方から延々と魔弾の射手デア・フライシュッツで百発百中の狙撃を見せている。ちなみに最後の発狂ビームは、裕貴セシリーくんのスキルで無慈悲に全反射、自らの光線に灼かれ、兵器は消滅して、最後に刀身が光る槍が残された。槍を拾った彼らの姿がモニターから消失し、同時に制御室の中心に彼らが現れた。


「タイムどうでした?」


「2分32秒。ニューレコードだね!」


「あんまり伸びてないっスねぇ」


「いやいや裕貴くん、さっきより剣術スキルのキレが全然違うよ!」


 あっはっは。


「…エリオット。あれ、何なの」


「…ご覧の通りです、デイヴィッド様」


 エリオット氏が、申し訳なさそうに告げる。だが皆、彼が割とノリノリで参加していたのを目撃した後だ。お前結構楽しそうだったじゃん。


「お嬢…これ、あん時の」


「そうなんだよぉフェリックス氏!裕貴セシリーくんが、復活させてくれたんだよぉ☆」


 裏ボスの魔導兵器は、作中では一度出現したらそれで終わりなのだが、裕貴セシリーくんは船の機構を完全に把握して、遺構の中なら好きな場所にあのマシンを出現スポーンさせることができるようになった。ただし、あれを出すには、かなりのエネルギーを消費する。ヴィンちゃんはエネルギーを分けてくれると言うのだが、


「アリスさん。これ、エネルギーの高いものをここに接続して、エネルギーに再変換出来るっスよ」


 例えば、こないだ中途半端に使った光の剣リヒトシュヴェーアト光の盾レフレクスィオーンなど。皇国のダンジョンで産出されるアイテム類は、もれなくエネルギーに戻すことができる。それどころか、


「あ、これもイケる!」


 ダダ余りしていた属性装備やアダマンタイト、スキルの種子しゅしなども、結構なエネルギーに変わった。おいそれと売却できずにひたすら死蔵されていたコイツらを、全部吐き出すチャンスなのでは?!


「というわけで、大体アイテム1個で1プレイできちゃうんだよぉ〜☆」


 しかも裏ボスのドロップアイテムは、全て「当たり」のヤツ。ハズレシリーズのように、耐久度が設定されておらず、使用者のMPまりょくを若干消費して自動修復する、不朽不壊のヤツだ。性能もいい。さっき裕貴セシリーくんたちが拾ったのは、魔槍まそうゲイボルグ。彼女が手にしているのが、魔剣クラウ・ソラスと聖盾せいじゅんエギーデ。そして今やエリオット氏の愛用品である魔弾の射手デア・フライシュッツ、この4つが、「ラブきゅん学園2ツー♡愛の龍王討伐大作戦♡」の最強装備である。


「これでゲイボルグ2本目だよね!わたし次、二槍流でやっていいかな?!」


「お、アリスさん。天絶槍ですね!」


「行ってくる〜☆」


 制御室中央、かつて龍が繋がれていた場所からアリスが消え、代わりに中央モニターに現れた。




「…僕たち、何を見せられてるんだろうね…」


 モニターの中では、アリスが敵の攻撃をひょいひょい躱しながら、二本の槍で器用に戦っている。中盤から中型機が攻撃に参加してきたが、まるで意に介していない。


「あれ、俺ら要ったか…?」


 学園でのボス戦、決死の覚悟で彼女に加勢したデイヴィッドとフェリックスは、何とも言えない表情で見守っていた。


「あ、そこ上手い!やるなぁアリスさん」


 裕貴セシリーは画面にかぶりつきだ。エリオットも、何気なにげにぶつぶつ言いながら、次の戦いをシミュレーションしているようだ。


「まったく、何をしているかと思えば。なあブリジット…」


 デイモンがブリジットを振り返ると、彼女は目を輝かせてモニターを眺めている。どうやら彼女も参加したいようだ。間もなく、アリスは二槍で三機を呆気なく沈めた。ボスの最期の発狂モードは、ビーム乱射の前に猛ラッシュで削り切った。


「はーい、クラウ・ソラスもう一本落ちたよぉ。次やる人〜☆」


 ブリジットが勢いよく手を挙げ、デイモンと共に制御室中央のステージに上がった。


 結局その後、デイヴィッドもフェリックスもボス戦に参加し、みんなで欲しいだけの武器防具を手に入れた。余った分は、遺構に寄付しておいた。ついでにこれまでの死蔵品も全部押し付けて帰ろうかと思ったが、エネルギーの取り込みには限度があるようで、属性装備10個ほど入れた後は、受け取り拒否されてしまった。残念。また遊びに来よう。

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