第76話 セシリー無双

 裕貴セシリーくんが見つけたのは、制御室の端にある、ディスプレイとキーボード。スチル絵の外側にあったから、私も知らなかった。


「これ、JISキーボードですよ」


 そう言いながら、カタカタと叩き、起動する。


「うーんこれ、多分」


 かすかな起動音とともにディスプレイが動き出し、暗い画面にアルファベットとか記号とかがズラズラと表示された。


「分かるのですか、ユウキ」


「うん、こういうのが俺の専門だったからさ」


 カタタタタタ。ヤバい、指の動きが見えない。とりあえず、中腰ではなんなんで、その辺に転がっていたチェアを彼の元に運ぶくらいしかできない。


「あー、はいはい。OKOK」


 裕貴くんは、すっかり前世モードに突入したようだ。普段のセシリーちゃんの時と、雰囲気も仕草もまるで違う。画面に向かって、スクロールしては独り言、スクロールしては独り言を繰り返している。


 そうだ、そういえばこの遺構というか宇宙船の残骸、もう残存エネルギーがないんだった。この後主人公たちは、自分たちの竜をさっきの龍の代わりに接続するのではなく、定期的に祭壇に祈りを捧げてMPまりょくを注入し、代々この皇国を守って行こう、というところで真相トゥルーエンドなのだが、肝心のヒロインやその他の竜たちは、まだひよっこだ。ここは私がちょっとMPを寄付しといてあげよう。さっきの赤いボタンのある端末に手をかざして魔力を注いでいると、ヴィンちゃんが「む、我も」とやってきて、一緒に注いでくれた。すると


 ヴウウウウウウン!


 制御室の機器という機器が起動を始め、正面の大型モニターが目を覚ます。こっちは微妙に、ウィンウズっぽい。右下に電池マークがあって、赤かったのがグングン満たされ、「100」と出た。まあ、水龍の亡骸なきがらだけで、数百年持ったんだ。現役ヴィンちゃんがラブ注にゅうしたら、こんなもんなんだろう。お手柄のヴィンちゃんをヨシヨシしながら、他の面々と共に裕貴くんの作業を見守る。


「…凄いんだね、彼女」


 デイヴィッド様も、ジュリアンをチクチク虐めるのを忘れて、彼の作業に見入っている。


「裕貴くんは上級国民だからね。私なんか、チンプンカンプンだよ…」


 ものの10分ほどだろうか。「あ、分かった、ここ」とつぶやいて、彼は私に手招きをした。


「ほらここ。ここの参照がエラー起こしてループになってて」


 彼はモニターから目を離さず、カタカナ用語満載で説明する。ディレクトリだのレジストリだの、さっぱり分からない。やがて私からのリアクションが返って来ないことに気づいた裕貴くんが、「あっごめん」と前置きして、分かりやすく説明してくれる。


「最初は、この周辺の目ぼしいエネルギー源から、エネルギーを供給してたんスよ。だけどそれが、時間と共に枯渇したり、移動しちゃったりして、取り込み先が分からなくなっちゃってて。で、ここの端末を操作できる管理者がいなくなっちゃったんで、とりあえずあの龍を直接電源に繋いで、そこからエネルギーを取ってしのいでたってことで」


 パソコンの電源プラグが抜けちゃって、とりあえず乾電池で動かしてたようなもんです、だそうだ。


「じゃあ、これから定期的にその、電池を交換しに来たら大丈夫ってこと?」


 ゲームでは、そういうエンディングだったけど。


「いや、この宇宙船に乗ってた人に、そもそもエンジニアがいなかったみたいで。コイツ、その辺のどっからでもエネルギーを取り込む機能があるっスよ」


 太陽光、風力、地脈からのエネルギー。そして何より、この上に住む住民たちから、うまくスキルに変換できなかった魔力を回収するだけで、十分に賄えるそうだ。「とりあえず全部、取り込み先に指定しとく」らしい。


「逆にあの龍がここに繋がれてたせいで、周りの水属性の魔力のバランスが崩れてたみたいなんで、これから周囲の砂漠は、段々元の環境に戻って行くと思うっス」


 そして、「ここはもうちょっと時間かかるんで、他の人はもう帰ってもらっていいっスよ」だそうだ。




 とりあえず、私とヴィンちゃんと裕貴くん、裕貴くんに付き添いたいエリオットうじを除き、そこに残っていても仕方のない方々には、お帰りいただくことにした。グロリア様とデイヴィッド様は、私と裕貴くんの短いやりとりで、大体何がどうなったか理解されたらしい。隠密ペアと一緒に、皇宮へ報告に。デイモン閣下とブリジットは、ここでいちゃいちゃされても気が散って仕方ないので、どっかデートにでも出掛けてください。制御室のドアを開けてくれただけで、十分でございます。


 その他、ジュリアンと三人の愉快な彼女なかまたちも、一緒にお帰り頂いた。彼女らはキャットファイトを一時停戦し、目の前の光景に呆然としていた。一体私たちは何をしに来たのであろうか。かの水龍が皇国を支えていて、その加護がついえたことは分かる。その絶望的な事態に、あのとぼけた令嬢ととぼけた龍が、ほんの片手間で遺構を完全復活させた。しかも別の令嬢が、勝手知ったるが如く、この見たこともない超文明のすいを、自由自在に操作しているとは。


 ジュリアンは、かつて恋したセシリーが、想像以上にとんでもないモンスターだったことに、改めて愕然としていた。

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