第75話 水の龍神

 中央制御室の中は、薄暗かった。もうエネルギーが底を突き、ダンジョンやここまでの回廊同様、非常用の照明に置き換わっているようだ。非常用も枯渇すると、いよいよ古代遺物は最期の暴走を経て、全て沈黙するだろう。


 広い制御室の中には、たくさんのコードに繋がれている大きな龍、そしてその前に、壊れた人形のようにくしゃりと横たわる、学園長。身体中の関節が、向いてはいけない方向に曲がっている。彼がヒトではなく、ホムンクルスであることを思い知らされる。この光景は、ゲームの中では見たことがあるが、実物を目の前にすると、何とも言えない気分になる。私と同じく、他のみんなも、言葉を失っている。


 すべての竜はエネルギー体だ。かの巨大な龍も、もう元の姿が保てず、体は透き通って、ところどころ消えかかっている。彼がこの遺物と皇国を、ここまで支えてきたのだ。もう解放してあげなければならない。ホムンクルスのかたわらの端末にある、赤いボタンを押すと、フシュウウ、という音と共に、龍に繋がれたコード類が独りでに壁面に格納されていった。




 皆が固唾を飲んで見守る中、龍は静かに目を覚ました。


「…おや、久しぶりだね、風の」


 静かで穏やかな声だった。


「やはりここにおったか、水の」


 彼らが交わした言葉はそれだけだったが、それで全てが分かり合えたようだ。彼はうっすらと輝くと、青い髪の美しい若者へ姿を変えた。


「君は…いや、違う」


 グロリア様に手を伸ばそうとして、やめる。その時、虚空から小さな光の粒が降りて来た。


「…君なのか…」


 彼は手のひらで光を受け止め、


「…うん。私も君を待っていた。行こう」


 そして彼もまた、小さな光の粒に姿を変え、二粒の光は、虚空へ消え去った。


(さようなら、僕らの子供たち)


 そんな声が聞こえた気がした。


「…逝ってしまわれたのじゃな…」


 グロリア様が、名残惜しそうに呟かれる。彼女の母方は、皇国と縁がある。きっと彼女も、皇族と同じく、彼らの子供達の一人なのだろう。しかも、彼がかつてのパートナーと見紛みまごうほどの。




 この遺跡は、もともと惑星壊滅の危機を脱して来た、避難用の宇宙船だった。一艘あたりおよそ1,000人の民間人を乗せた無数の船が、十分な準備もままならないまま、母星を飛び立ったという。そのうちの一艘が不時着したのが、この惑星だった。


 幸いなことに、この星は母星と環境が酷似していて、大規模なテラフォーミングを必要とせず、しばらくはここに滞在して、母星に救援もしくは指示を仰ぐことにした。しかし母星はあの有様、他の船とも連絡がつかず、彼らの中で、この星を脱出を希望する者と、ここにこのまま定住する者と、意見が分かれる。なぜなら、この星には既に、彼らと似通った人類が生息していたからだ。原始的な文明しか持たない彼らとの共存には耐えられないと、脱出希望者は、宇宙船のうち、まだ機能が万全に残っていた部分を切り離し、他船との合流を目指して、再び宇宙へと旅立って行った。そこから彼らとの音信は途絶えた。


 残された者たちは、先住人類との共存を試みた。彼らの文明レベルは低いものの、属性とスキルを持ち、それなりに生き延びる知恵と力を持っていた。一方、後から来た彼らには、そのような能力はない。先住民のスキルやエネルギーなどを分析して、自分のマナに擬似人格を持たせ、竜の形状を与えて、彼らと同じような能力を再現することに成功した。これが、今で言う竜システムドラッヘズュステームである。


 最初の数百年は、宇宙船は辛くも機能を維持していたが、そのうちに宇宙船を保守管理する技術は次第に失われ、ある時ついに、周囲からエネルギーを取り込むことができなくなってしまった。だがしかし、一族の中で唯一、自らのマナではなく、この星の自然現象を司る龍と契約することができた者がいる。その少女は、かの水の龍とともにこの船を守り、やがて寿命を迎え、天に召されて行った。


 ヒトと契約を結んだ龍は、契約者がこの世を去ると同時に、自らも消滅してしまう。だが、彼は自分に残されたわずかなエネルギーを、この船の仕組みを守るために差し出した。それから数百年、この宇宙船の遺構は彼のエネルギーで保たれて来た。その間、宇宙からやってきた民たちの中には、同胞同士でつがい合う者もあれば、先住民と交わる者もいたが、やがて純血の民は失われ、皇国の礎を築いた。


 現在の皇族は、彼らの血を濃く残す者が多い。そして彼らがなぜ、自らの竜に誇りを持ち、それらを強く育てようとするかというと、それは先程までこの遺跡を守っていた龍に代わって、エネルギーを供給するためだ。いつか彼のエネルギーが底を突き、機能停止に陥るまでに、自分たちの手でエネルギーを集め、注ぐことができるように。だが、数百年の間に、本来の目的は忘れ去られてしまった。ただ残されたホムンクルスだけが、かつての主人たちが残したプログラムの通りに、エネルギーを確保しようと暴走を起こした。そうだ。あの日の実習用ダンジョンには、大将級ゲネラール、しかも通常の大将級よりもはるかに強大な者が、何体もいた。彼らを捕らえて、ここに据えようとしたのだ。




 この辺りは、ゲームの中で次第に明らかにされ、最後この場で、完全に解き明かされるストーリーとなっている。私は実際にゲームで見たし、王国組は、その詳細をノートに書き記したものに目を通している。だが、何度も言うが、実際に目の前で起こっていることを見ると、「そういうイベント」では割り切れないものがある。さっきからブリジットが号泣し、横でデイモン閣下が慰めている。王国組に連れて来られた残りの四人も、あまりの光景に呆然と立ちすくむ。事の詳細は分からないが、自分たちがとても重要な場面に立ち会っているのだということは、理解しているようだ。


 そんな中。


「…アリスさん。この端末なんですが…」


 裕貴セシリーくんが、何かを見つけた。

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