第72話 波乱の全校集会

 翌朝、全校集会の招集があった。皇国の学園は、初等部から留学生の受け入れまで、かなりの規模になる。全員が収容できる会場とは、イベント事に使用される、コロッセオであった。私たちは、女子寮の面々とともに、ゾロゾロと会場に向かう。


 会場の入り口で、男子組と遭遇した。私たちを待っていたっぽい。デイヴィッド様の笑顔が氷点下だ。


「アリスちゃん。後でちょっと話し合いね☆」


 そのまま彼らは、男子学園組の席に移動していった。え、何か怖いんだけど。


「怖いって、アリスさん。あんな竜拾ってきたら」


 ああ、あのヴィンちゃんか。昨日から消したままだが、もうなかったことにできないだろうか。


「アリス。なかったこととは」


 思考が直接脳に響いて来る。何コイツ、思考読んでんの?!


「契約したからには当たり前であろう」


 そうか。生徒たちの肩に留まっているドラッヘたちも、契約者の意図を読んで行動するわけで、そうなるのか。


 人波に押されて、ブリジットと裕貴セシリーくんに手を引かれ、私たちも所定の席に向かった。




 一昨日、実習用ダンジョンで何か起こったのかは、もう生徒の誰もが知っていた。昨日は臨時休校で、集会では今日からの学校運営について周知があるのだろう。正直、そんなのわざわざ生徒を集めて行うほどのアレでもないと思うのだが、学園側にもメンツというか、事情があるのかも知れない。


 ざわつく客席の中、中央のステージで拡声器の前に進み出たのは、教師ではなく、小柄な少女だった。


「皆の者、静粛に。今日はわらわより重大な沙汰を申す」


 第一皇女だ。教師じゃないのか。


「留学生、ジュリアン・ジョイス。なんじを妾の夫とする」


 一瞬、水を打ったかのような静寂ののち、会場は騒然となった。皆、誰ソイツ、という目で会場をキョロキョロしている。当のジュリアンは、クラスメイトにもみくちゃにされながら、呆然としていた。するとしばらくして、私たちの席の後ろから、声が上がった。


「そのような横暴、聞き捨てなりませんわ!」


 ゼニメが立ち上がる。取り巻きの女生徒の風のドラッヘが、彼女の声をスキルで拡声している。


「いいですこと?ジュリアン様は、この帝国公女のわたくし、ジュリエット・ジュベールにこそふさわしいのです!」


 シーン。そしてまた、聴衆はワッと湧き出した。


「何を申すか、留学生風情が!ジュリアンは妾の夫、それは決定事項じゃ。口を挟むでない!」


「はっ。これだから野蛮な小国の豪族どもは。ちっともエレガントではありませんわ。私とジュリアン様は、ここで結ばれる運命だったのですわ!」


 反対側の観客席を見ると、ジュリアンはぶんぶんと首を横に振っている。


「ジュリアンは、ヒジャーブの下の妾の素顔を見て、なおかつ素肌に触れた。これは紛れもなくプロポーズ」


「何を血迷ったことを。ジュリアン様は、私の手を取り、「君の力が必要だ」とおっしゃったのです。しかも私の名はジュリエット。ジュリアンと酷似しておりますの。これはもう、生まれた時から結ばれる運命さだめ!」


「何を申す!それを言うなら妾とてユリアーナじゃ!一字違いぞ!」


 双方、激しい口論を繰り返す。もはや収拾がつかない。私たちは、一体何を見せられているのだろう。やがて、いつまで経っても終わらないキャットファイトに、皇女のお付きの女騎士が、別の拡声器を持って「双方、そこまでにしていただこう」と割り込んだ。


「ユリアーナ殿下にジュリエット殿下。お二人の間で決着がつかないのであれば、私、ユーディト・アルノルトが、ジュリアン・ジョイスを貰い受けることとする」


 ええええーーー!!!


 事態を収拾するどころか、ガソリンをぶっ込みやがった。皇国最大のコロッセオに、盛大に上がる火柱。呆気に取られて見ていた学園の教師陣が、やっと正気を取り戻し、慌ててユリアーナ殿下、女騎士ユーディトを連れて、舞台の下へ引きずり降ろ…いざなった。そして観客席からは、ゼニメ改めジュリエット公女と取り巻きが、係員に連行…案内されて行った。ジュリアンも同様。彼らはこれから別室でお話し合い・・・・・のようだ。


 やがて、火元が取り除かれ、少しずつ鎮火が進んだ会場で、改めて教頭からアナウンスがあった。学園は、とりあえず一週間休校。親善試合は無期延期。実習用ダンジョンは、安全が確認されるまで、無期限の閉鎖。ダンジョンには近づかないように。そして、事態を重く見た学園長が行方不明となっているので、見かけた者はただちに報告するように、とのことだ。


 最後のが、地味にデカい爆弾だった。




 寮の部屋に戻ると、机の上にメモが残されていた。正午に正門前に待ち合わせ。アンナさんの筆跡である。彼女の特殊メイク技術はすごい。きっとアンナさんもフェリックスうじも、学園の中を含むこの国のあちこちで、さりげなく出没しながら情報収集をしているのだろう。てか、彼女こそ次期辺境伯デイヴィッドさまの奥方なんだから、もうちょっとこう、デンと楽にしてていいと思うんだけど。


「君、それ本気で言ってる?」


 だからその満面の笑み、やめて。怖いから。竜車の中の気温が、絶対零度に達しつつある。フェリックスうじから報告が行ったのか、もう男子組も大体のことは承知していた。そして、デイモン様はブリジットと、エリオットうじ裕貴セシリーくんと、それぞれ二人だけの世界に入り、誰もかばってくれなかった。


 間もなく、週末にステイした要人専用ホテルへ。みんなで昼食を摂りつつ、改めて報告。


「えーと、こちらがこのたび契約しました、ヴィンちゃんです」


「ヴィンちゃんだ」


 何もない空間から突如出現した、どこからどう見ても人間の若者。どこか浮世離れして見えないでもない。彼について問答を繰り返しても、まったく埒が開かないのは、女子三人が確認済だ。


「して、そのドラッヘは、何級なのじゃ」


 グロリア様が尋ねる。私はヴィンちゃんのステータスを紙に書き写した。




名前 ヴィンちゃん

種族 龍神

称号 風神、風を統べる者

レベル ∞


属性 風




「龍、神…」


「風神とも書いてありますが」


「またエラいモン拾って来ましたね…」


「なんか最初は、ウェスタリーズとか、ヴェストヴィンデとか名乗ってたんだけど」


「アリスさん、それ『偏西風』って意味ですよ…」


 何。私、偏西風を拾って来ちゃったの。


「我は風だ。ゆえに級などない。そなたらの従えているドラッヘ、それはそなたらの魔力を竜の姿に変えたもの。我とは成り立ちが違う」


「自然現象と契約してくるとか…」


「龍神じゃなくて、逆ならよかったのに。宝玉オーブを7つ集めると、願い事を叶えてくれるとか」


「なぜ我が、人の子の願いを?」


 もーコイツ、ハズレ!思てたんとちゃう!

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