第70話 カウントダウン

 翌日。皇宮行きの竜車の中で、私はこってりと絞られていた。いや、正確には昨夜から。


「あの機械兵器戦に!初見二人ブッ込むとか!」


「ごめん、ごめんって裕貴くん」




 ダンジョンから寮の三人部屋に戻り、戦果をワイワイと話す、私と裕貴セシリーくん。約一名、お花畑で役に立たないブリジットを放置して、お互いどんな戦いだったかを情報交換していた。一階は、エリオットうじと裕貴くんで余裕の完封。二階は、デイモン閣下とブリジットが死守してくれたっぽい。彼らは二人とも、多数の敵を一度に相手するのが得意なタイプじゃないので、殊勲賞である。そして三階は、フェリックスうじの増援により、裏ボスと愉快な仲間たちをほぼノーミスで。時々光線にちょっとかするくらいはご愛嬌。


 その話を、最初は裕貴くんは楽しんで聞いてくれた。まずフェリックス氏が増援に駆けつけて来てくれたことに、「ひゅー、アリスさんやるぅ」と冷やかし、蓋を開けたらそこにブレイの機械兵器みたいなヤツがいて、リアルブレイごっこしたことに「うわ、俺も三階行きたかった」と身を乗り出し、そして光の剣リヒトシュヴェーアト光の盾レフレクスィオーンを二人に渡して、こう、切った張ったの大立ち回りをしたという辺りから、


「…それ、二人に初見でやらせたんスか?」


 と、雲行きが怪しくなって来た。


「まず、その裏ボスなんスけど、普通大体どんくらいで挑むモンなんですか?」


「えーと、大将級ゲネラール6枚フルで、あの隠しダンジョン周回して、正規品を全員分用意して…かな」


 そして裏ボスを倒すと、トゥルーエンディングが見られるのだ。


「で、普通は・・・、どうやって倒すんスか?」


「そりゃ、2ツーだもの。ドラッヘにスキル使わせて、自分は時々正規品で殴りに行く的な」


「じゃあ、アリスさんは、その大将級6枚で挑む相手に、中将級ゲネラールロイトナント2枚、竜なしオーネ1枚、ハズレ品持って、ドラッヘ使わず倒してきたと」


「そうそうそう!もーね、超たのし」


 バン!


「死ぬとこだったんですよ?!馬鹿ですか?!」


 机を叩き、裕貴くんが身を乗り出した。




 それから地獄の説教タイムだった。


「だってあん時は仕方なかったって」


「言い訳しない!だいたい三人ともAGI極アジきょく、装甲はペラペラだしライフは少ないし、ハート3つで初見で機械兵器に突っ込ませるとか、死ねって言ってるようなもんですよ!」


 一つ言い訳したら、お説教が十増える。まるで叩くとビスケットが増えるポケットのようだ。散々叩かれて、私のハートはビスケットのように粉々である。


 竜車の中で、まだぷりぷり怒っている裕貴くんに、エリオットうじ


「ユウキは心配だったんですよね」


 と甘々モード。デイヴィッド様は


「ハハっ…そんなヤバかったんだ。道理で」


 と若干引き気味。なお、デイモン閣下とブリジットは、並んで座ってもじもじと、二人だけの世界だった。うう、頑張って倒したのに、ちょっとくらい褒めてくれたっていいじゃないか。昨日はあんな楽しかったのに、どうしてこうなった。




 皇宮に着いてからは、早々にいつもの皇妃様の応接室に通された。何が起こったかの説明は、あらかたフェリックスうじから済んでいた。彼は気配を隠しながら一階も二階も通過してきたわけで、皇妃様もグロリア様も、ダンジョン内の様子をかなり正確に把握していた。


「かなり危ない橋を渡ったようじゃが?」


 グロリア様からお小言を賜る。そりゃそうだ、ご長男と家臣フェリックスを危険に晒してしまった。あの時は、「ウッヒョー、ブレイごっこ胸熱ぅ!」としか思ってなかったが、裕貴くんの言うとおり、初見であれは申し訳なかった。この世界には、回復スキルもあるにはあるが、ゲームのようにコンティニューボタンはないのだ。


「すみませんでした…」


「母上、しかしあそこではああするしか」


「奥方様、我らが魔導兵器を倒さねば、かの混乱は収まらず」


「よい、それは分かっておるのじゃ。お前たちはよく働いてくれた」


「あのうグロリア様、二人は怒らないであげてください。その、私が調子に乗ったのが悪いので…。二人がいないと正直厳しかったので、お叱りを受けるのは私だけで…」


 私が叱られるのは仕方ないが、私のせいで、二人まで咎められるのは申し訳ない。


「妾はそなたたちを咎めたいわけではない。ただ、報せを受ける身にもなって欲しい」


 デイヴィッドだけではない、そなたたちは妾のかけがえのない家族なのじゃからな、ということだ。本当にごめんなさい。


「して、そのほうらを呼び立てたのは他でもない」


 皇妃アグネス様が引き継ぐ。今回のダンジョンの氾濫は、この国の歴史上類を見なかった出来事であり、私が書いたレポートにも、そんなイベントは見つからなかった。これはどういうことなのだと。


「それが、私にも分からないんですよ…」


 このゲームも、隅から隅までプレイした筈だが。だが、あの大型魔導兵器は、ラスボスの後の裏ボス、あれを倒すとトゥルーエンドというか、この物語の背景が全て明らかになる。それはノートにも書いてある。


「ってことは、もうこの問題は解決ってことですか?」


 裕貴くんが口を挟む。


「いや、この魔導兵器と戦った後、遺跡の中心部に入らないといけないの。主人公と攻略対象の親密度が80%以上で、中心部へのゲートが開いて、そこでこの皇国を守るシステムのエネルギーの枯渇と暴走を止めないといけないんだけど…」


 肝心の、主人公と攻略対象が、分からない。


「そんな…」


「ちなみに、その暴走まで、どれくらいの時間が」


「1ヶ月」


 応接室は、静寂に包まれた。




 話は何も進まないまま、とりあえず私たちは寮に帰ることにした。帰りの竜車は、みんな無言だ。とはいえ、デイモンとブリジットは相変わらずお花畑、エリオットうじ裕貴セシリーくんも肩を寄せ合い、デイヴィッド様は時折私に笑顔を向けて、黙って頭をポンポンしてくる。私を安心させようとしているのか。くそう、この男、こういう時まで。そういうとこだぞ!


 なお、後日あの戦闘がどれだけ危険だったか、改めて裕貴くんに聞かされたグロリア様からは、標準語でにこやかにお叱りを受けた。これまで遊んだどのホラーゲームよりも怖かった。

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