第69話 死線

 実習用ダンジョンのボス部屋。ここからひときわ大きなアラームが聞こえる。


「行くよ、アリスちゃん。いい?」


 その時、背後から微かな足音が迫ってきた。


わりぃ。遅くなった」


「フェリックスうじ!」


「お嬢、何かあったら、それで俺のこと呼べっつったろ」


 彼の視線は、先日彼にもらったペンダントに向けられている。どういう仕組みでどういう信号が送られるのか分からないが、ダンジョンで何かあったことは、この魔道具で察知したようだ。


「あーあ、せっかくいいとこだったのに。姫を守る騎士ナイトは、一人でいいんだって」


 デイヴィッド様が苦笑いしている。だが、この只ならぬ雰囲気の中、珍しく彼が緊張していたのは確かだ。増援は素直にありがたい。


「じゃ、行くよ」


 デイヴィッド様が、ドアを開くボタンを押した。




 扉が左右にゆっくりと開く。中に鎮座していたのは、大型魔導兵器だ。背後には、中型が二台控えている。


 これ、ラスボスの後の裏ボスじゃん!


「ふおおおおお〜☆」


 実際に見るとテンション上がる。


「…!まずは僕が!」


 デイヴィッド様が飛び出そうとする。そう言えば、この三人みんなAGI極アジきょくだな。


「待って二人とも!ほいコレ」


 そうなのだ。コイツらには、通常の武器はほとんど効かない。こないだの隠しダンジョンのハズレドロップ、光の剣リヒトシュヴェーアト光の盾レフレクスィオーンを渡す。これらがなぜハズレなのかと言えば、耐久度が低めに設定されているからだ。何度か使ったら壊れてしまう。だが、なぜ必要かというと、コイツら魔導兵器を倒すのに有効だから。


 魔導兵器は、けたたましいアラームを鳴り響かせながら、ゆっくりと起動に入る。起動してからじゃないと、ダメージが通らない。


「コイツら倒すの、ちょっとコツがいるんだ。二人とも見てて」




 この「ラブきゅん学園2ツー♡愛の龍王討伐大作戦♡」も、無印に引き続き、絵師と声優以外は微妙な安定のクオリティ。敵のドラゴンも味方のドラゴンも、グラフィックは前作の使い回し。今作からはマシンが加わったが、これはもう、かの有名なオープンワールドゲームの機械兵器をパクったとしか思えないデザインなのだ。当然、行動もそれに酷似している。よくあの大手ゲームメーカーから訴えられなかったな、と思わなくもないが、ニッチなゲームだからお目こぼし頂いたのか、それとも微妙にマイチェンマイナーチェンジして言い逃れたのか。


 つまり、何が言いたいかといえば、この魔導兵器は、かのゲームの機械兵器と姿形も行動パターンもほぼ同じだということだ。ラブきゅん学園の戦闘はコマンド入力方式だが、現実世界では、コマンドなど存在しない。ということは、私があの百年の眠りから覚めた近衛騎士の戦い方、あれを再現すればいいわけだ。


「はい縦切りキター!横跳びで回避からのぉ〜?ラッシュ!」


 兵器の攻撃をギリギリのタイミングでかわすと、再計算のためわずかに動きが止まる。そこを狙って、手数を叩き込む。


「はい横切り!バク宙で回避ぃ!」


 ラッシュラッシュぅ。流石にレベル400ともなれば、面白いほど体が動く。


「はいビーム来るよ!盾で、ジャスト、パリィ☆」


 反射レフレクスィオーンの名の如く、この光の盾は、ビーム兵器を跳ね返すのに特化している。そして良いタイミングでビームを跳ね返すと、魔導兵器はしばらく行動不能になる。


「そんでここをラッシュラッシュのぉ、ハイ部位破壊〜☆」


 たーのしー!リアルブレイごっこ胸熱!ガチ勢舐めんな!


「コツは掴めたかな?じゃあ、後ろの二体お願いね☆」


 ボスの体力が一定量を下回ったら、後ろの二体が起動して、戦闘に加わってくる。彼らには、あっちを相手してもらおう。はああ、腕が鳴るぅ!




「何…あれ…」


 デイヴィッドが茫然とつぶやく。


「お嬢、俺らにアレをやれっつってんだろ。じゃあ、やるしかねぇぜ、坊ちゃん」


 ぶっつけ本番で、あれを。だが彼女は、「お前らなら出来るだろう」と言っているのだ。


「そうだね。姫のご命令とあらば」


 ゾクゾクする。彼らは、自分が笑っていることに気付いていた。あれを一度でもしくじったら、命を落とすだろう。このように命を賭けたギリギリの戦いなど、人生で何度、巡り会えることか。


「ったく、お嬢は最高だぜ!」


 起動を始めた中型機に向かって、彼らは剣と盾をたずさえ、駆け出した。




 どれくらいそうやって戦っていただろう。10分くらい、いや、それ以上かそれ以下か。とにかく、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。プレイヤーのアリスには、ボスのライフゲージが見えていた。感動のブレイごっこもあとわずか。ちょうど、彼らが中型機を片付けるところだ。いいタイミング。


「二人とも、ボスが発狂するから、盾構えて後ろに隠れてて!」


 やっとの思いで中型兵器を倒し、アリスに加勢しようとしたタイミングで、はて発狂?と思う間もなく。大型兵器は動きを止め、一拍置いて、なんと四方八方にビームを乱射し始めた。


「お嬢!」


 フェリックスが飛び出そうとするが、デイヴィッドが制止する。


空歩スカイウォークア〜ンド、加速アクセラレイト☆」


 とうっ、という掛け声とともに、アリスはビームの嵐に突っ込んで行った。そして信じられないことに、その全てをかわしている。


「当たらな!ければ!どうと!いう!ことは!ない!」


 そういえば、彼女は学園祭の模擬戦でも、同じセリフを吐いていたような気がする。


「あははは!効かぬ!効かぬのだトィ!」


 トが何なのか、彼らには分からない。だが、目の前で繰り広げられている壮絶な攻防を、彼女が心から楽しんでいることだけは、伝わってくる。


「はぁ、僕らの姫は、とんでもないね」


「全くだ」


 男二人は、彼女がビームの間隙かんげきを縫って、刺して刺して刺しまくり、大型兵器を沈めて行く様を見守っていた。




「みなさーん、大丈夫ですか〜?」


 一階から光が差してくる。セシリーが、光明ライトのスキルで明るく照らしながら、二階の城砦シタデルまで降りてきた。アリスが裏ボスを倒した瞬間、ダンジョンの照明が完全に落ち、マシンの活動が停止した。地下三階組の三人は、デイヴィッドの炎の剣の明かりとフェリックスの夜目を頼りに二階へ。二階では、ブリジットの不死鳥フェニックスの明かりでもって、お互いの無事を確認していた。


「何ですかアリスさん、ボロッボロじゃないですか!」


「へ?」


 自分では全く気付いてなかった。そういえば、何度かビームがかすめた気がする。体はほとんど無傷なんだけど


「あ!髪コゲコゲじゃん!」


 うわーん、ダッサ。あと、中型を相手にしていた二人と、二階を守っていたデイモン閣下とブリジットは、さすがにノーダメノーダメージとは行かなかったようで、ところどころちょっとかすり傷を負っている。


「みなさんホントお疲れ様でした。範囲完全回復エリアパーフェクトヒール


 凄まじい光量と共に、傷と体力が一気に全快する。光属性は希少なため、普通ヒーラーといえば水属性なのだが、光属性のヒールの効果とエフェクト半端ない。


 パーティーメンバーが全員集まり、安全を確保したと判断したデイモンが、城砦シタデルのスキルを解除する。岩で出来た堅牢な砦はどこへともなく消え去り、19名の生徒たちが茫然としていた。


「さあ、ダンジョンの外に避難しよう」


 デイモンが彼らを促し、皆は列になってダンジョンを後にした。


 和気藹々と戦果を語る7名と違い、救助された彼らは皆無言だった。セシリーが、凄まじい回復魔法を、息をするように発動した姿が、ジュリアンの脳裏から離れなかった。自分と彼女とでは、所詮出来・・が違ったのだ。彼女は遥か遠く、手の届かない花であった。彼の恋は、二度破れた。だが、一度目と違い、二度目は何だか気持ちがストンと落ち着いた。




 後の処理など、難しいことは、偉い人に任せる。私たちは、ダンジョンの前で解散した。救助された生徒の中には、第一皇女を含む皇族もいたことだし、事情はそっちから聞いてもらおう。私たちからは、フェリックスうじが代表して皇宮に報告に行ってくれた。明日以降、何らかの呼び出しはあるかもしれないけど、今日はもう寝よう。お疲れ様でした。




 その頃、学園長室では。


「なんということだ…ナんといウこトダ…」


 部屋の外で騒然とする教員たちを尻目に、学園長が、壊れた機械のように、ぶつぶつとつぶやいていた。

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