第68話 それぞれの戦場

 体が動かず、頭が働かない。


 一階の通路の片隅で、皇族とその一行が、周囲の成り行きを見守っていた。彼らの前には、白と黒の二頭の見事な竜が立ち塞がり、おびただしいマシンの攻撃から彼らを守っている。




 裕貴セシリーは、ダンジョンの6割、人がいない方へ。


神の祝福ディバインブレッシング


 白い羽のエフェクトをまとい、キラキラと光の雨を降らせる聖女。だがその効果はエグい。このスキルは必中不可避。範囲の敵は、無惨に皆殺しである。


「っはぁ、気持ちェ…♡」


 裕貴セシリーはうっとりしている。最近色々忙しくて、スキルをブッパするチャンスがなかったから、ちょうどいい。しかも、一回撃ったら3分ほどでまたすぐに湧いてくる。超級を周回していた時のようだ。


 次の湧きを待っている間、背中を振り返ると、エリオットがフライシュッツで次々と敵を撃ち落としていた。あちら側には避難が遅れた生徒がいるので、無差別攻撃を行うわけにはいかない。自分が担当したら、エリオットに暴言を吐くようなやから、うっかり一緒に祝福・・してしまいそうだ。


 それにしても、彼の狙撃の腕は感嘆に値する。以前、超級のダンジョンに挑んだ時、彼は暗黒のいかづちというスキルで敵を圧倒していたが、アリスによれば、あのスキルは命中率に難があるそうだ。あの無数の黒い雷の球体を、彼はすべて並列的に制御しているらしい。だが、暗黒の雷スキルの制御が神懸かっていると聞いても、自分が使うわけではないので、裕貴は今ひとつピンと来なかった。


 エリオットの何が凄いかというと、この無数のマシン共を、すべて弱点を狙って一撃で仕留めていることだ。アリスが「マシンの弱点はレンズの上の赤い光点」と言っていたが、その小さな光点を恐るべき正確さで、素早く撃ち抜いている。


 シュン、シュン、シュンシュン。


「すっげ…全部ヘッショヘッドショット一発かよ…」


 まさしく超絶技巧。アリスが彼のことを「DEXきようさお化け」と評するのも分かる。今度彼が異世界に生まれ変わることがあったら、是非一緒にゲーセンで遊びたい。


 しかもよく注意して見ると、彼はわざと何体か逃し、皇族の目前に迫ったところで撃墜している。そういえば、わざわざフライシュッツを使わなくても、暗黒の雷でいいはずだ。横顔がちょっとニヤッとしているので、意趣返しだろう。こういうちょっと腹黒いところも、可愛い。


 さて、次のが湧きそうだ。




 皇族たちは、目の前で起きていることが信じられなかった。他国の末端の卑しい貴族が、信じられないスピードで敵を狩っている。しかもこれらの敵は、学園の実習用ダンジョンで湧くものではない。軍の施設に展示してあった、上級ダンジョンのマシンの模型に酷似している。そのマシンを、男はなぜか国宝の魔弾の射手デア・フライシュッツを手に正確に撃墜し、女に至ってはまるで歌姫が舞台で歌うかのように、無数の光の雨を降らせて容赦なく全滅させている。しかも、彼らの大将級の竜ゲネラールは、我らを守るために、守備行動を指示して、置いてけぼりだ。


 なぜか体が動かず、頭もよく働かず。彼らはただ茫然と、その光景を見守るしかなかった。




「うるああ!あーしの火力、舐めんなっス!」


 ブリジットが戦闘狂バーサーカーモードになっている。狩っても狩っても湧いてくるマシンに、アドレナリンが止まらない。炎の大剣をぶん回し、敵を蹴散らし、前へ前へ。彼女のドラッヘ、すなわち不死鳥フェニックスもまた、彼女の気性きしょうを受け継いでいる。遊撃を指示すると、ダンジョンを縦横無尽に飛び回り、マシンの大群を炎の翼で舐めるように焼き払う。


 大剣一振りで二体三体と粉々にし、次の一振りで通路の残りを一掃しようとした、その瞬間。ふいに体の軸がぶれ、すぐそばで金属がぶつかる音がした。


「ブリジット、大事ないか!」


 わきからの狙撃を盾で防ぎ、デイモンが彼女を抱き止めていた。この瞬間、敵の真っ只中で、彼女はずっと夢見ていた王子様と出会った。


「君の後ろは私が守る。気にせず剣を振るうがいい」


 デイモンは一瞬微笑むと、すぐに彼女を降ろしてマシンに向かった。彼の剣は正しく美しい。彼の兄が流麗なイタリック体だとすると、彼はゴシック体のよう。正確に、止め、跳ね、振り下ろす。今まで剣を振り回すのに夢中で気づかなかったが、周囲は彼のゴーレムで守られていた。


「デイモン様…」


 はっ、いけない。ここでうっとり王子様デイモン見惚みとれている場合ではない。


「うし!あーしの底力、見せてやるっスよ!」


 デイモンは、背後で覇気を取り戻した妻の声を聞き、微笑んだ。




 その様子を、城砦の中に取り残された者たちは、固唾を飲んで見守っていた。何という圧倒的な戦闘力。時折マシンが砦まで突破して来るが、砦の前にはデイモンの地竜が待ち構え、尾でそれらを薙ぎ払っていた。


「そんな…まるでドラッヘが必要ないではないか…」


 先ほどの、小柄な少女がこぼしている。まだあどけない。初等部の者だろうか。肩には大尉級ハオプトマンと思われる風のドラッヘが留まっている。幼いのに、大したものだ。


「そんなことはない。確かに彼らは強いが、我らは我らの戦い方がある。君は自分の手で、君のドラッヘ大尉級ハオプトマンまで育て上げたのであろう。誇りを持て」


 半ば自分に言い聞かせるように、ジュリアンはつぶやいた。彼らの強さを疑ったのは、単に自分の弱さを認めたくなかったからだ。彼らの強さは本物だった。自分には、とても太刀打ちできなかった。だがここで挫けてはいけない。もっと強くならなければ。


 そんなジュリアンの横顔を、少女は何とも言えない表情で見つめていた。

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