第66話 実習用ダンジョン

 月曜日の朝、早速親善試合のアナウンスがあった。皇国さん、仕事が早い。皇妃様がいい感じで頑張って下さったんだろうか。開催は土曜日、詳細は別途。金曜日まで、このオーネオーネとヒソヒソされるのが続くのは鬱だが、まああと5日だし辛抱しよう。


 と思っていた時期が、私にもありました。


「もー、授業はつまんないし、ゼニメたちはウザいし、学園からは出られないし!キー!」


「お嬢様、今日まだ火曜日ですよ…」


「そういえばアリスさん、ここ実習用ダンジョンとかないんですか?」


「あるにはあるけど、あれよ、貴族学園と同じで、レベル5までチュートリアルするヤツよ」


「なるほど…」


 アイテムのドロップもないし、回る意味のないダンジョンなのである。ああでも、暇つぶしにはなるかもしれない。


「行こっか、ダンジョン」




 考えていたことは皆同じだったようだ。ダンジョンの入り口で、バッタリと男子組と遭遇する。


「アリスちゃん!会いたかったよ☆」


 どさくさに紛れて、デイヴィッド様がハグしてくる。ちょっ、ここは学園内なんで!ほら、周りにヒソヒソされてるし!ただでさえオーネオーネ言われて目立ってるんで、ちょっと勘弁していただきたい。


「言わせておけばいいのさ。僕は君のパートナーだからね☆」


 パ、パートナー?まあ、パワーレベリングする約束だし、どっちかっていうと、私は彼のジムのトレーナー的な立ち位置なんだけど。何だかんだ、後の二組がいい感じなんで、必然的に二人余る。パートナー、うん。ある意味そうなのかもしれない。


 このチュートリアルダンジョンは、単純な迷路。出る魔物は、竜とは名ばかりの弱いトカゲと、マシンたち。以前にも説明したかもしれないが、この国のダンジョンは、すべて超古代文明の遺構の一部である。なぜなら、超古代文明の遺構の上に、この国が建っているからだ。他の国のダンジョンとの一番の違いは、彼らは遺構の侵入者を排除するようプログラムされているので、こちらから侵入して接近しない限り、攻撃行動は取らないこと。無印では、戦闘パートで詰む人が続出したようなので、2ツーはその辺りが大分緩く作られている。作中に登場するダンジョンも少ない。


 王国では、学園内のチュートリアルダンジョンは1つだった。皇国も同じ。男女の学習の場は厳格に分離されているはずなのに、なぜか。それは、ずっと男女別だと、恋愛攻略パートが進まないからだ。同様に、男女合同行事なんかも事欠かない。更に、変なところで鉢合わせイベントが起こったりする。


 例えば、こんな風に。


「見つけたぞ、アリス・アクロイド!」


 通路の向こうに、蒼髪のお子ちゃま。お前か〜…。




 咄嗟に淑女の礼を取ろうとする私を制して、デイヴィッド様が前に進み出る。


「やあ、ジュリアンだっけ。また会ったね」


 彼のドラッヘは、肩から羽ばたいてかたわらに降り立ち、元の大きさに戻った。大型犬ほどもある中将級ゲネラールロイトナントのワイバーンは、羽を広げて立ち上がると、縦も横も成人男性より大きい。デイヴィッドは、わざと竜に伸びをさせてから、従える。


「…で、僕のパートナーに、何か用かな?」


 ジュリアンはあの後、爺やに聞いた。デイヴィッド・ダッシュウッドは、次期辺境伯。ダッシュウッド家は、法衣貴族の伯爵家の我が家と違い、国防の要を司る大貴族。しかも彼は嫡子である。彼の優秀さは王国中に轟き、兄が引きこもって外に出られなくなったのは、学園在籍中の3年間、何を挑んでも、彼に勝てなかったからだと。


 爺やには、今後決して彼らに関わるなと釘を刺されたが、ならば余計に、この王国から遠く離れた地で、彼らに力の差を思い知らせてやらねばならない。俺はジュリアン。ジョイス家の権威を取り戻すべく、血の滲むような努力を重ね、見事少佐級マヨーアの水竜を手に入れた男。少佐級マヨーアの竜を持つ者は、学園に3名しかいない。あのアリス・アクロイド共々、兄に代わって、奴を叩きのめしてやる。


 と、数秒前まで、彼は思っていた。


「え…あ…」


 自分の竜と、全然違う。彼の竜は、少尉級ロイトナントではなかったのか。いや、ではあれが、噂の大将級ゲネラールということか。正確な情報収集を怠った。ここは何とかやり過ごさなければならない。視線を泳がせた先に、彼は思わぬ人物を見つけた。


「…クラム先輩!」


 周囲の視線がセシリーに集まる。裕貴セシリーくんが、「へ?俺?」という顔をしている。そういえば、二年生に上がった頃、あんな子供がわざわざ教室までやって来て、「これからよろしくお願いします」と言われた気がする。あの頃は、何も分からないまま、知らない貴族から次々にアプローチを受けて、気味が悪かったものだ。後で、自分セシリーが乙女ゲーム「ラブきゅん学園♡愛の魔王討伐大作戦♡」の主人公であり、彼は攻略対象の一人であったことを、アリスに教えられたのだった。魔王を倒し、ラブラブダーリンエリオットとゴールインしたことで、彼のことなどすっかり忘れていた。アリスが先日市場で絡まれたのは、コイツだったのか。


「先輩、こんなところでお会いできるなんて…これも運命です!」


 学園中で話題だった、憧れのマドンナ、セシリー・クラム。元王太子殿下も、取り巻きの宰相の子息も、騎士団長の子息も、婚約者がいながら、こぞって夢中になっていた。とはいえ、たかだか平民だろう、一応顔だけ見に行ってやろう、と二年の教室に赴いたところ、激しくハートを撃ち抜かれた。輝くピンクブロンド、潤んだ蒼玉の瞳、絹のような肌に艶めく唇。豊かな双丘をたたえながら、折れそうなほどのウエスト。しなやかな長い手足。人類の想定しうる美の全てを集約したような女だった。しかも、常に首席の座を開け渡さない。貴族は、学園入園前から家庭教師を付け、入念に学ぶもの。いかに優秀とはいえ、平民と我々とでは、そもそもスタートラインが違うのだ。その子弟らを全てくだし、圧倒的な女王の座を守り続けているという。


 彼は帰宅後、即座に父に彼女の獲得を進言したが、父は首を縦に振らなかった。彼女には既に、ハーミット男爵家が名乗りを上げていたからだ。かの家は、男爵家とはいえ、王妃殿下の親類であり、王家と侯爵家とも結びつきが強く、盤石の権勢を誇っている。いかに魔術師団の団長職を賜る伯爵家であっても、所詮いち法衣貴族。諦めなさい。彼は泣く泣く、セシリーを影から見守ることにした。


 それが半年後、急転直下。ダッシュウッド家が、彼女を競り落としたという噂を聞くことになる。それからしばらくして、あの学園祭。彼はあれからすぐ、夜逃げのように皇国へと送られたが、このような地で彼女と再会するなど、まさに僥倖としか思えない。


 ところが、


「私の妻に、何か」


 彼女の後ろから、陰気そうな男が進み出た。何だコイツ。どこかで見た気がしなくもないが。


「うるさい、私は彼女に話している。お前に用はない。そこをどけ」


 ジュリアンは、威嚇のために彼に杖を向けた。


 その瞬間




 ドオオオオン!!!




 ジュリアンのすぐ背後の床に、穴が空いている。


「は…え…」


 セシリーが、人差し指と中指を揃えて、彼に向けて言い放った。


「…今度は外さねぇぞ、クソガキ。俺のエリオットに毛ほどの傷でも付けてみろ。ちりも残さず消してやる」


 彼女の肩の竜が、ふわりと舞い上がり、やがて通路を塞ぐほどの大きさに戻った・・・。竜はジュリアンを見据えて、耳をつん裂くような咆哮を放つ。


「あ…あ…」


 ジュリアンは、かくん、とその場にへたり込み、言葉を失って、震えていた。さっきのワイバーンが、大将級ゲネラールじゃなかったんだ。これが、正真正銘の、大将級ゲネラール




 やっべ。裕貴くんがブチギレている。結婚式の時も思ったけど、彼、マジギレすると、割と怖いんだよな。普通迷宮って、壊れないように作られてるんだけど、床、穴開けたよ。


「ひゅー、やるね。いいとこ持って行かれちゃった」


 デイヴィッド様が心底楽しそうに、彼女を賞賛する。だが私は、何よりも真っ先に、彼が私の前に進み出てくれたことに、地味に感動している。くっそ、この男。そういうとこだぞ!


「ユウキ…」


 一方で、心を鷲掴みにされた者がもう一人。妻であり兄のような裕貴が、最大の怒りでもって、自分を護ろうとしてくれたことに、例えようもない恋慕れんぼが込み上げてくる。こんなところでドキドキしている場合ではないのだが、一体このおとこは、どれだけ私を虜にすれば気が済むのだろう。


「ああ、君たち。悪いけど、彼を連れてダンジョンから出てくれないかな☆」


 デイヴィッド様が、ジュリアンのパーティーメンバーに声を掛ける。彼らはこくこくとうなずき、ジュリアンを両脇から抱えて、来た道を引き返そうとした。


 その時、ダンジョンに、アラーム音が轟いた。

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